遠い遠い夢の世界... 自由帳 |
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2020年1月3日 | 瀧廉太郎生誕140年記念事業 参加見聞記を非公開化しました |
竹田市で昨年開催された瀧廉太郎生誕140年記念事業「遺作『憾』の真実」に関しまして、参加見聞記をブログに掲載していましたが、考えるところがあり、いったん非公開化しました。申し訳ございません。詳しくはブログに書いておりますのでごらんくださいますようお願い申し上げます。 *** |
2019年9月11日 | 「竹田市の瀧廉太郎生誕140年記念事業に参加して」後日記事化します |
前回の自由帳に書いた、今年瀧廉太郎の遺品が寄贈された大分県竹田市で8月24日(土)に開かれた瀧廉太郎生誕140年記念事業「遺作『憾』の真実」、行くことができました。「憾」の今回確認された自筆譜(完成譜・草稿譜・構想メモ)について大分大学名誉教授の松本正先生の解説があり、また自筆譜が展示されていました。見聞記を書くことにしていますが、すみませんが、新しく作ったブログ『或る草の音』 https://draume.hatenadiary.jp/のほうに掲載します。開催から1か月後の9月24日に掲載できるよう書いていきたいと思います。 この前書きましたように、音楽関係のことはいまはツイッターで書いています。ツイッターに登録していない方でも読めます。 ツイッター「どら梅」https://twitter.com/draume 最近は、パブリックピアノ(公開ピアノ。ストリートピアノや駅のピアノなど)について多く書いています。自分が長く弾いてきた公共施設のロビーピアノ、最近置かれるようになってきた駅のピアノ、そしてたまに弾く機会があるストリートピアノなどを聴き弾きしての体験、考えたこと考えていることなど、これまでにけっこう書いています。ほかのことも多く書いていますが、御関心にあわせてごらんください。 *** |
2019年8月9日 | 瀧廉太郎生誕140年が近づいて ほか |
ひさしぶりの更新になります。 来たる2019年8月24日が瀧廉太郎生誕140年の日で、そこへ向けていろいろな行事・企画が動いているようで、その情報をネット上で目にします。 今年初めに瀧廉太郎の遺品等資料が寄贈された大分県竹田市で、8月24日(土)に瀧廉太郎生誕140年記念事業の催しが開かれ、そこで今回の寄贈品に含まれていた「憾」の自筆譜群を実演しながら解説するとのことです。詳しくは次のページからたどれます。 瀧廉太郎生誕140年記念事業~遺作「憾」の真実~|イベント情報 | タケタン!竹田市観光ツーリズム協会 この企画を私が知ったのがつい先日で、早く知っていたら心づもりや準備ができたかもしれないのですが、とても残念ながら私は行けそうにありません(時間はなんとかできると思うのですが、経済的に難しい状態です)。おそらく重要な新事実確認などその場で発表されるのではないかと想像しています。 また、それに先立つ8月16日(金)にNHK Eテレの「ららら♪クラシック」という番組で、瀧廉太郎が取り上げられるもようです。「憾」の話が中軸に据えられている様子です。 https://www4.nhk.or.jp/lalala/ (番組ホームページ) http://www2.nhk.or.jp/hensei/program/p.cgi?area=001&date=2019-08-16&ch=31&eid=02981&f=2285 (番組表) このほかにも富山で瀧廉太郎関連のイベントが開かれたとのことで、いろいろな企画が今年は行われるのでしょう。情報だけでも追いかけていたいと思います。 現在、音楽関係のことはツイッターで書いています。新しく作ったブログはほぼ休んでいます。今後それぞれのメディア・ツールの役割分担を考え直すかもしれませんが、しばらくこの形が続くと思います。ツイッター「どら梅」は次のアドレスです。ツイッターに登録していない方でも読めます。 https://twitter.com/draume このホームページを書いていた頃よりも、もう少しはっきりと音楽に対する自分の考え方を書いているような気がします。グリーグのことも瀧のことも書いていますが、そうした作曲家や楽曲に焦点を向けて探究的に書くことよりも、もっと「身のまわり」の音楽のことを遠心的に書いていきたいといまは考えています。 また、近々、音楽だけではないですが「こうぼう(工房、「考」房)」を立ち上げることにしています。きちんと動かし始めましたらここでもご案内します。 *** |
2019年3月21日 | 移転してきました |
『遠い遠い夢の世界…』、現在地へ移転してきました。 下の「移転のごあいさつ」などの記事は旧サイトから引き継いでいます。 今後ともよろしくお願い申し上げます。 2019年3月21日 さんちろく/みっ *** |
2019年3月21日 | 移転のごあいさつ |
2000年11月からYahoo!ジオシティーズにて作ってきたこの『遠い遠い夢の世界…』、前回おしらせしましたように、まもなく次の場所へ移転します。 http://draume.g3.xrea.com/ 移転後は基本的に保管モードに…と考えていましたが、現在取り組んでいるコーナーだけでなく、ここの自由帳などももう少し続けてみようと思い直しています。 これまでも自分の好きなように書いてきましたが、今後はさらに自分の色を出していけたらと思います。今後ともよろしくお願い申し上げます。 2019年3月21日 さんちろく/みっ *** |
2019年3月20日 | 移転先のおしらせ |
このサイト『遠い遠い夢の世界…』を、3月21日夜、次の場所へ移転します。いまはまだ仮のインデックスページを置いてありますが、移転と同時に旧来のインデックスページに変わります。 http://draume.g3.xrea.com/ 移転後、3月末にここジオシティーズのサイトは閉鎖されます。それ以降は、現在地のどこかのページにアクセスしていただくと、移転先のトップページへ転送されるよう設定します(個別ページへの転送は残念ながらできないようです)。お手数をおかけして申し訳ございませんが、転送された先のトップページからリンクをたどって、お読みになりたいコーナーをお訪ねくださいますようお願いいたします。 もし何かのまちがいで移転がうまくいかなくなった場合は、別の仕方で復旧(移転)をはかります。上のサイトが不通の場合は、前回ご紹介しましたブログをごらんください。 現在地(ジオシティーズ)最後に、ここ自由帳に何か一言書こうと思っていますが、書けるかどうかちょっとわかりません。とりいそぎ、上の移転情報だけお伝えしました。 *** |
2019年3月7日 | サイト移転とその後の方針 |
このサイト『遠い遠い夢の世界…』を置いている、Yahoo!ジオシティーズのホームページサービスが今月末で終了します。それに少しだけ先立ち、3月20日ごろにこのサイトを新しい場所に移転します。移転後、このサイトのどこかのページにアクセスしていただくと、移転先のトップページに自動転送される手はずになっています。たとえば「憾」コーナーの現在のURLにアクセスしていただくと、移転先のトップページにつながります。すみませんがそこからあらためて、「憾」コーナーへたどってください。自動転送は9月までです。もしブックマークをされている方がおいででしたら、移転後9月までにブックマークを貼り直してくださいますようお願いいたします。 移転後は『遠い遠い夢の世界…』は基本的にこれまでの記事を保管するかたちになります。いま自分の新しい個人サイトを立ち上げる準備をしていて、その中で音楽関連のことを扱い、『遠い遠い…』はその中の1コーナーに位置づけます。「憾」コーナーなど現在進行形のテーマや、ハルフダン・シェルルフコーナーなど始めたばかりのコーナーは今後も必要に応じて更新したり手を入れたりしていきます。 今後の自分の音楽生活でインターネットをどう使っていくか、まだ考えている最中ですが、ひとつの試みでブログを立ち上げました。音楽のことを中心に書いているツイッター「どら梅」から派生させたかたちです。ブログ名称は(仮)で、ブログ自体もこの春までは試験運用です。今後さらに別のブログを作る可能性もありますし、ブログの趣旨を変えるかもしれません。 どら梅ブログ 或る草の音 https://draume.hatenadiary.jp/ また、私が最近作っている1枚楽譜の作品などを載せたいと思い、Tumblrというブログみたいなサービスを使い始めました。こちらも試しにやっています。いまのところ、1枚楽譜作品というよりも、速写的に作ったスケッチみたいな感じのものを載せています。 艸 奏 木 黙 so so moku moku https://sosomokumoku.tumblr.com/ 音楽に関して、これまで『遠い遠い…』で書いてきたことはそれはそれとして、少し違った内容のことを今後は書いていきたいと考えています。また音楽に関してはいくつか個人的に新しく取り組みたいと考えていることがあって、ゆくゆく何か始めようと思っています。 が、これからやっていきたいことのかたちや行く先を、まだあまり明確化できていず、うまく言葉にできていません。上の2つのブログ的なものも、ここまでに載せているものを見ていただいてもきっと、何がなんだか…(音楽じゃないのでは…)と思われてしまうのではなかろうかと思います。3月20日のこのサイト移転の前に、ここの場所での最後の記事として、何か少しでも書けたらと思っています。 ***(この項 3月8日にかけて少し書き直しました) |
2019年2月23日 | 瀧廉太郎遺品、竹田市に寄贈との報せを読んで(2) |
※ この記事の日付は2月23日となっていますが、書いた後アップロードしていませんでした。次の記事を載せるにあたり、この記事も掲載します。2019年3月7日 先日、表題の件に関する西日本新聞と大分合同新聞の記事について触れましたが、そのあと朝日新聞の記事がネット上に出ました。 大分)滝廉太郎最期の直筆楽譜「憾」 親友の親族が寄贈:朝日新聞デジタル https://www.asahi.com/articles/ASM284F5ZM28TPJB00C.html この朝日新聞の記事にも写真が掲載されていますが、その写真に、当ホームページ「憾」コーナーでも取り上げている1903年2月14日付の手稿譜と考えられる譜面と、もう1つ、譜面上に赤で「未成」と書かれた別の楽譜が写っています。後者の「未成」譜を読んでみると、以前テレビ番組「知ってるつもり?!」の画面に映し出された1902年(明治35年)10月31日付の手稿譜とも異なっているようです。先日ここで触れた西日本新聞の記事写真には1903年2月14日付手稿譜と1902年10月31日付手稿譜の2点が写っているようでしたので、総合して考えると、今回「憾」の手稿譜が少なくとも3点出てきたということであろうかと思います。 大分県教育庁文化課(編)『大分県先哲叢書 瀧廉太郎 資料集』には「憾」の手稿譜が3点存在する旨の記述があり(いずれも原資料は未調査ということのようでした)、数はこれで一致します。 朝日新聞記事写真の「未成」手稿譜には、見るかぎり1902年10月31日手稿譜にはなく1903年2月14日手稿譜には書かれているような内容が書かれていて、どうも時系列的にこの2つの手稿譜のあいだに位置するもののように思えます。特にコーダは1902年10月31日手稿譜から大きく変わっているように見え、さらにそれも修正されて1903年2月14日手稿譜に見られる形に変えられていることがうかがわれます。 これらの手稿譜が瀧の自筆譜なのであれば、瀧が「憾」をどう作り上げていったかを考える上で、とても貴重な資料となりそうです。遺品が精査された後にあらためて記者会見が開かれるという話も伝わっていて、そのときにおそらく資料の点数について確定的な話が聞かれるのではないかと思います。できれば自分で検分してみたい気持ちです。ひとまず様子を見たいと思っています。 *** |
2019年2月10日 | 瀧廉太郎遺品、竹田市に寄贈との報せを読んで |
2月9日の西日本新聞および大分合同新聞で、瀧廉太郎の「憾」自筆譜を含む遺品が竹田市に寄贈されたという記事を読みました。 滝廉太郎遺作「憾」楽譜を寄贈 友人親族が大分・竹田市へ|【西日本新聞】 https://www.nishinippon.co.jp/nnp/culture/article/485633/ 滝廉太郎史料、竹田市に 親友の遺族が200点以上寄贈 - 大分のニュースなら 大分合同新聞プレミアムオンライン Gate https://www.oita-press.co.jp/1010000000/2019/02/09/JD0057770207 今回寄贈された遺品は、報道によると、瀧の友人として名前が知られている鈴木毅一氏の御親族の方が所蔵なさっていたものとのことで、西日本新聞の記事によれば「憾」の自筆譜が2点含まれているもようです。記事の写真を見たところ、当ホームページ「憾」コーナーでも取り上げている1903年2月14日付の手稿譜らしき譜面と、もう1つそれとは異なる内容の手稿譜が写っています。後者の手稿譜内容は、細かい話ですがコーダの両手交互オクターブの箇所が半音階上行進行になっているようで、この特徴は以前私が録画で見させていただいたテレビ番組「知ってるつもり?!」の画面に映し出されていた明治35年10月31日付の手稿譜と一致するように見えます(画面のほうが明確には見て取れていないため断言できませんが)。2種の手稿譜とも、写真で見るかぎり現物のように見えます。 「憾」コーナーで言及していますように、「憾」の自筆譜は現物の所在がこれまで未確認とされていました。ある研究者の方が「憾」1903年2月14日付手稿譜のコピーを譲り受けて所持なさっていて、その内容が公表されているにとどまっていました。今回報道されている「憾」自筆譜がたしかに瀧の自筆譜であると確認されれば、とても貴重な資料だと思います。コピーやテレビ録画画面からでは判読できない情報が読み取れる可能性があり、今後、「憾」の成立過程がそこから垣間見えてくることも期待されます。 …と、冷静に書いていますが、個人的にとても感激しています。現物が現存していたことがなによりうれしいです。現存してさえいれば、誰かがその内容を読むことができ、そこから新しい何かを読み取り引き出すことができます。今回の寄贈資料は今後(全部なのかどうかわかりませんが)公開される方向で検討がなされているようです。自筆譜が適正に保管・管理され、「憾」に関心を向けている研究者の方々、演奏家の方々、そして「憾」を真摯に理解しようと求めている方々がそれらを閲覧できるようになり、そうした方々がこれまでよりももっと精細に、「憾」の実像に迫ることができるようになることを、強く願っています。 もちろん私も、資料が公開可能になったあかつきにはぜひ閲覧させていただきたいと思っています。私の立場で資料を閲覧できるようになるのかどうか今の時点ではまったくわからないですが、また専門家の方々による調査研究が公開に先行して進められることも考えられるので私が閲覧できるようになったその時点ですでにいろいろな新事実が明らかにされているかもしれませんが、「憾」に関心を寄せて調査研究をしてきた1人として、自分の目で資料に当たることができる日が来ることを、待っていたいと思います。 いずれにしても、ここからが音楽研究の分野における「憾」研究のあらたな「始まり」になるのだろうと思います。今回の寄贈資料だけでは解明できない「謎」も残るかもしれませんが、今回のことが、いっそう多くの方々が「憾」の研究や理解を進めていく契機となることを、僭越ですが切望しています。 今回の寄贈遺品はとてもバラエティに富んでいるようです(電話でお尋ねしたところ、鈴木毅一氏御自身の所持品も含まれている可能性がありそうだと伺いました)。鈴木毅一氏が所蔵なさっていた瀧廉太郎遺品に関しては小長久子先生が過去に調査をなさっていて、また松本正先生が資料集成のための再調査をなさっていて、それらの調査を通して遺稿や瀧が所持していた楽譜などさまざまな物品の存在がすでに明らかにされています。しかし今回の寄贈品は点数が多いようで、ひょっとしたらさらなる未確認の遺品も含まれているのではという期待感があります。さまざまな関心のもとでの、さまざまなテーマでの瀧廉太郎研究に多面的に寄与する可能性がありそうに思います。「憾」にかぎらず、瀧廉太郎の音楽に関する研究・理解が今回の寄贈資料をもとにして、いっそう進展していくことを、いち愛好家として願っています。 「憾」の手稿譜(コピー)を竹田市の瀧廉太郎記念館で初めて見たのが20年以上前のことになります。その手稿譜と出版譜との内容の違いに気づき、その違いが「継承」の考え方で説明できそうだと気づき、ホームページにコーナーを作って考え考えしながら書き始めてそれから15年経ちました。その間、いろいろな方々にご協力もいただき、あたたかいお声がけもいただき、出版や研究の参考にもしていただき、いろいろな出会いをさせていただきました。そのことをこの機にあらためて振り返っています。とてもありがたく思っております。今後「憾」コーナーにさらに何か新しいことが書けるようになるか、今の時点ではまだわかりませんが、期待を込めてこれからの研究動向や資料公開の動向を見つめていたいと思います。 *** |
2019年1月3日 | 迎 春 |
本年の御多幸を心よりお祈り申し上げます *** このサイトを移転する件ですが、新しいサイトスペースをまだ確保しておらず、すみませんがもう少し時間が掛かります。 移転の進み具合にもよりますが、移転はこれまでこのサイトに載せた記事類をほぼそのまま移して保管する形になると思います。移転後は別に音楽用のブログを立ち上げてそこを中心にやっていこうと考えています(実はブログはすでに確保していますが、そこを使うかまだ決めかねています)。移転より先にブログをスタートさせるかもしれません。そして、今後は少しだけコンセプトを変更し、音楽に関して新しいことを始めるつもりです。 このサイトの名称として使ってきた『遠い遠い夢の世界…』は実は仮称で、正式名称はないのですが、移転後はこれまでの記事類をこの名称のもとで保管し、今後のことは新しい名称を付けてやっていくつもりです。 未確定のことが多くて申し訳ございません。いずれにしても春までには決着をつけなければならないので、遠からず今後のことをおしらせできるようにしたいと思います。 よろしくお願い申し上げます。 *** |
2018年11月22日 | 音を「置く」 |
先日デスクトップをジョルジョ・モランディの静物画の画像にした。モランディの絵は以前美術館で見てから関心を持つようになり、1冊だけ画集を持っている。 いま自分が作っている音楽は、音がぽつんぽつんと鳴る短くて静かな作品が中心になっている。そういうものしか作れなくなった。もともとB5のルーズリーフに楽想を書いておく習慣だが、数年前から、そのルーズリーフ1枚におさまる程度の「作品」を即興的に作ることが多くなり、それをたくさん書き貯めている。 そういう音楽作品を作っている人がいないか、作品の例がどこかにないか、検索でときどき探しているが、探し方がよくないのか、ほんとうにないのか、なかなか見つからない。昨年そんなふうに検索していて、いもづる式に、カナダの現代作曲家リンダ・カトリン・スミスの作品に出会った。スミス(どこで切っていいのかわからないのでひとまずスミスと書かせていただく)の作品は音数が少ないというか音の密度が低く、しかし展開がよく練られていてそれなりの長さがあり、しっかりと構築された「コンポジション」という感じが私にはする。ある作品のライナーノートの中で彼女は、音楽の「静物画」を作ろうとした、ということを書いている。 そのライナーノートを読んで、私は、自分は静物画に登場する「置物」を作っているのかもしれない、と思った。私はいま、音を「置く」ようにして作品を作っている。いまのこの場に置く、ということでもあったり、世界の上に、ということでもあったり、そしていまここに生きている私の心に、ということでも。なんにしても、ひとつずつ小さな楽想を作って置いていく。結果として出来上がる物は「静物画」と言えばそうかもしれないが、作っているという意味では私はむしろひとつひとつの「置物」を作っているように感じている。たとえばそのひとつひとつの置物を、だれかが別様に置いていって新しい「作品」を作ってもそれはそれでいいような気がしている。 モランディの絵を見ていると、ある意味、「描く」ということ以上に、「置く」ということがそこから見えてくる気がする。いま私は気持ちが沈みがちになっているが、モランディの絵に自分の心を「置く」ようにして見ている。そして、自分で楽想を作って「置いていく」ことで、自分の心の「置き場」が日々出来ていくような気もしている。 *** |
2018年10月31日 | サイト移転について(中間報告) |
サイト移転ですがまだ移転先を決めていません。方針としては、私が作っているほかのホームページなどと合わせた個人サイトの新館を年内に立ち上げる方向で考えていて、ここのサイトの内容をその個人サイト新館の1コーナーにするつもりでいます。移転時期は今年の年末か、来年の始めごろになると思います。URLのリダイレクト機能が使えそうなので、移転後もしばらくは現在のURLをお訪ねいただければ自動転送されると思います。 すみませんが移転先はもう少ししてからおしらせします。 *** |
2018年10月10日 | はつらつピアノコンサート |
サイト移転はまだ移転先が決まっていません。今月中にはおしらせしたいと思っています。 はつらつピアノコンサートに参加しました。毎回、ピアノに熱心に取り組んでおられるさまざまな演奏者の方が参加なさるのですが、今年もそれぞれの方の思いの丈がほんとうにあふれる演奏会になりました。途中で演奏がつかえたりミスが起きたりということもあるのですが、それを越えて、その方の音楽がありありと伝わってくるのがすばらしく感じました。プロの演奏者のコンサートではこのような体験は逆にあまりできないのではないかと思います。 私はハルフダン・シェルルフの「牧歌」「子守歌」を演奏しました。聴くとどうだったかわかりませんが、終始しあわせに弾くことができました。「牧歌」については気に入ってくださったお声を何人かの方から拝聴し、演奏した甲斐があったと思いました。 今年私がステージ的な場に立つ機会はこのコンサートが最終です。来年の各所のピアノイベントにエントリーするかどうかこれからゆっくり考えます(夏のイベントには参加できればと考えています)。それまではロビーや駅のピアノをときどき弾かせていただこうと思っています。 そして年内は作曲・創作のほうにも少し時間を使いたいと思っています。また、音楽についてしばらく前からだいぶ考えていることがあり、そのあたりのことを一度しっかりと書きたいとも思っています。できる範囲でゆっくりと取り組みます。 *** |
2018年10月1日 | サイトを移転します。そのほか近況など |
このページを置いているジオシティーズのホームページサービスが2019年3月で終了するという告知がありました。そのため、このホームページ『遠い遠い夢の世界…』全体を今年2018年の年内に移転する方向で検討し始めました。今月中に移転予定を立てて、ここ「自由帳」でくわしくおしらせしたいと思います。ご迷惑をおかけすることになるかもしれませんが、事情をお汲みくださり、ご理解くださいますようよろしくお願い申し上げます。 10月8日に志免町で開かれる「はつらつピアノコンサート」で、ハルフダン・シェルルフの作品を弾くことにしました。「牧歌」と「子守歌変ニ長調」の2曲の予定です(場合によっては「牧歌」のみの演奏になるかもしれません)。どちらの作品もシェルルフの生前に出版されていて、たぶんシェルルフが気に入っていた作品なのだと思います。いくらかでもよい演奏ができればと思っています。 JRの新鳥栖駅に置かれた「駅ピアノ」をこの前弾きました。たまたま所用で近くまで行ったので寄ってみた次第です。新鳥栖駅の駅ピアノはコンコースというのか、新幹線改札口と在来線改札口のあいだ、駅出入口そばに置かれていて、待ち合い客や降車した乗客の方々が少したたずんでいる感じの場所でした。このごろストリートピアノや駅に置かれたピアノがテレビ番組や動画などで注目されているようで、ピアノの椅子に座ったとたんに近くの方々から声を掛けられ、会話が楽しかったです。 ピアノは防音板が取り付けてあり、また特に高音の音量を落としてあるようで、弾いていてmpくらいだと自分の音が周囲の音に負けて聴きづらい感じでした。音は響かせれば響くのでわかって演奏すれば対応可能な感じでした。平日昼間だったためか他の演奏者の方が現れず、演奏が聴けなかったのがちょっと残念でした。公開ピアノは楽しい試みだと思うので、応援かたがた、またいつか時間を作って訪ねたいと思います。 *** |
2018年8月11日 | ハルフダン・シェルルフを偲んで 〜 没150年の機に |
今日8月11日はここでもたびたび書いてきたノルウェーの作曲家ハルフダン・シェルルフ Halfdan Kjerulf の命日です。没年が1868年で、今年は没150年の年です。 インターネットでこの没150年の機にシェルルフを偲ぶ何かが書かれていないかときどき見ていたのですが、いまに至るまで見つけられずにいます。シェルルフの音楽を少しだけ知る機会を授かった自分として、自分のできる仕方でシェルルフと彼の音楽を今夜は思い起こしていたいと思っています。 ツイッター「どら梅」でシェルルフに関することもいろいろ書いていますが、こちらでも紹介します。NRKノルウェー放送協会の放送番組動画アーカイブにシェルルフ関連の番組がいくつかあり、そのうちのひとつに、今から50年前、1968年のシェルルフ没100年の命日に放送された、シェルルフの追悼番組があります。 Halfdan Kjerulf - et 100-års minne (ハルフダン・シェルルフ 100年の思い出) 40分間のノルウェー語番組ですが、シェルルフの歌曲、ピアノ曲が番組内で実演されます。残念ながら音割れがあり、ちょっと聞きづらい動画ですが、シェルルフの音楽のメインであった歌曲とピアノ曲が取り上げられている点で、シェルルフの音楽に少し触れるのにちょうどいい番組になっていると思います。 また、下のようなちょっと面白い番組もあります。20分ほどの番組です。 Idyll på Kjerulfs plass (シェルルフ広場の牧歌) シェルルフのピアノ曲に Bonde-Idyll「農民牧歌」という曲があります。この曲は農村の女性が都会の男性と農村の男性からそれぞれダンスでアプローチされ、どちらを選ぶか迷って…、という「あらすじ」付きの曲なのですが、その話をオスロの街中のシェルルフ銅像がある小公園 Kjerulfs Plass で若いダンスパフォーマーの方々が、その曲に合わせて現代風に「実演」してみせています。女性の方は Ida Nathalie Kierulf さんとおっしゃるようで、Kjerulf はもともとデンマーク系の家でデンマークでは Kierulf と綴っていたので、遠い親類にあたる方かもしれません。 番組内のピアノ演奏はグリーグ抒情小曲集全曲録音のある、ホーカン・アウストボー。番組の中盤以降、彼の演奏でシェルルフのピアノ曲がいくつか取り上げられています。これがけっこう尖った演奏で、シェルルフのピアノ作品録音がそんなに多くない中、このスタイルの演奏が聴けるのもなかなか貴重だと思います。 自分でもきょうはシェルルフのピアノ曲をいくつか弾きました。公開の場には出向くことができませんでしたが、そのうちロビーで弾くことができたらと思っています。 シェルルフの作品はなんというか薄味の心地よい魅力があって(いくらかくぐもった口調の滋味ある作品もあり)、日本で紹介をなさっている演奏家の方もいらっしゃるので、突然有名になったりはしないでしょうけれど、少しずつ少しずつ少しずつ知られていくようになるのではと思っています。もしそうならなくても、日本でもどこかでひそやかに穏やかに、シェルルフの音楽が演奏され、聴かれ続けることだろうと思っています。 *** |
2018年7月2日 | いくつか |
★ 先日自由帳に書いた、ノルウェー放送協会NRKによるグリーグ生誕175年記念グリーグ作品連続演奏生放送番組"Grieg Minutt for Minutt"(グリーグ一刻一刻)、楽しんで見ました。29時間を超える番組だったので生で見たのは一部だけでしたが、その後放送動画が公開されていて、それも少しずつ見ています。 https://tv.nrk.no/serie/grieg-minutt-for-minutt 番組は前回書いたようにグリーグのOp番号が付いた作品を順に演奏していくもので、そのあいまに演奏者や来場者へのインタビュー、グリーグの自筆資料などの紹介、メインのリストにはないエキストラの方々の演奏など、盛りだくさんの要素をはさんで進行していました。とてもおもしろい番組でした。 演奏は生ということもあってか、またカメラが演奏者のすぐ近くまで動いてやってくるようなカメラワークが多かったこともあってか、特にピアノ演奏では多くの方がちょっと手こずっていらっしゃる様子が見えたりしました。私が注目していたピアニストの方も未明の時間帯の演奏で調子がちょっと上がっていない様子だったりしました。それでも、ノルウェーの有名な、また新星の、さまざまな演奏家の方々のグリーグ作品演奏が聴けたことはとてもすばらしい経験でした。 いくつかの演奏は絶品と言えるものでした。そうした動画をまた何かのときに紹介したいとも思っています(ツイッターのほうに少し書いています)。 ★ そして瀧廉太郎さんの命日(6月29日)が過ぎていきました。今年は自分の作業が忙しくて、「荒城の月」を竹田の少年少女合唱団の演奏で聴くだけでした。私は「荒城の月」は原曲版を強く推します。山田耕筰編曲のものは瀧が意図した和声やテンポ感と違っていると思います(よく知られている「花の宴」のミ♯は、ここがダブルドミナント(や、その第五音が減五になったもの)で次の小節がドミナントだと考えるとジャストフィットします)。「憾」コーナーはいまのところ加筆の予定はありませんが、「憾」や瀧作品について思うことはこの自由帳でときどき書いてみようと思っています。 ★ さらにそして、8月のハルフダン・シェルルフ没後150年に向けて、シェルルフのピアノ曲を練習し始めました(練習再開も含めて)。個人的に楽しむのがメインですが、命日の8月11日に近い頃に、どこかのロビーで演奏できればと思っています。 シェルルフが晩年に精力的に取り組んだ、ノルウェーの伝承舞曲・民謡のピアノ編曲作品も少し弾いてみています。難しいものではなく、弾いて音にしてみると響きが清新で、グリーグの編曲作品とはまた違った味わいを感じています。この夏はシェルルフの音楽でいくらかでも涼しく過ごせたらと思っています。 *** |
2018年6月13日 | グリーグ作品30時間連続コンサート放送(ノルウェー放送協会) |
今度の6月15日はグリーグの生誕175年になります。それを記念してノルウェーでグリーグの作品(Op番号付きの作品)を全曲続けて30時間かけて演奏するコンサートが複数会場をつなぐ形で開かれ、そのもようがノルウェー放送協会NRKのテレビで生放送されるとのことです。 この話、数ヶ月前にネットで知っていたのですが、日本でネット視聴可能かどうかわからなかったためここでは紹介していませんでした。どうも視聴できるようです。 番組タイトルは"Grieg Minutt for Minutt"(グリーグ一刻一刻。Minutt for Minuttは最近NRKがいろいろなテーマで制作している長時間連続ドキュメンタリーテレビ番組のタイトルです)、現地時間の6月15日17時30分から始まり、翌16日の23時台に終了見込みとのことです。現在ノルウェーと日本との時差が夏時間で7時間ありますので、日本時間では、開始が6月16日(土)00時30分、終了が17日(日)06時台になります。 番組はたぶん次のページのどちらかから視聴できると思います: https://tv.nrk.no/serie/grieg-minutt-for-minutt ↑このページには演奏予定作品のリストと放送時刻(ノルウェー時間)が載っています。ただ、このページでは生で全体を通しで見られるかちょっとわかりません。放送後にここから動画として視聴できるかもしれません。 https://www.nrk.no/video/PS*a2c8daef-4299-48e9-ada1-27043c18d7d9 ↑このページはおそらく生放送対応だと思います。 番組の紹介をしているページです。ノルウェー語です。ノルウェー語はウェブ機械翻訳で英語に直すと読めますので英語が読める方は英語に変換して読んでみてください: Skal sende 30 timar med Grieg minutt for minutt https://www.nrk.no/hordaland/skal-sende-griegs-verk-minutt-for-minutt-1.13893993 Slik blir verdas lengste Grieg-konsert https://www.nrk.no/kultur/slik-blir-grieg-minutt-for-minutt-1.14074361 上のページのどこかに、世界初の試みと書いてあったような覚えがありますが、このような機会はたしかになさそうです。私も、通しでは無理ですが時間の都合がつくかぎりなるべく見てみたいと思っています。 *** |
2018年3月14日 | ファルタイン・ヴァーレン関連のネット動画・資料 |
ノルウェーの作曲家ファルタイン・ヴァーレン Fartein Valen (1887--1952) ※ のことをこの自由帳でたまに書いていますが、いつも少し書くだけで、まとまったことを書いたことがまだありません。きょうはいつもより長めにヴァーレンのことを書きたいと思います。 ※ ヴァーレンのファーストネームFarteinの日本語表記は「ファルテイン」「ファッテイン」などがあります。どういう表記がよいか迷うのですが、自分の聞こえ方で言うと、einの部分は「エイン」よりは「アイン」と聞こえます。またノルウェー語のrtはちょっと独特な発音で、「詰まったt」のように発音されることが多いと思うのですが、地方によってはrがはっきり発音されるようで、下のいろいろな動画では「ファルタイン」と「ファッタイン」の中間、私にはやや「ファルタイン」寄りに聞こえます。「ファッタイン」の表記はrを思わせる部分がまったく無く、くだけすぎな表記に思えるので、自分のところではひとまず「ファルタイン」と表記することにします。ファミリーネームのValenは「ヴァーレン」と聞こえます。むかしの日本語資料では「ヴァレン」と表記してあることもあります。 しばらく前からヴァーレンのピアノ曲「Intermezzo(間奏曲)op.36」を練習していたのですが、最近、ヴァーレンの作品の自筆譜(完成原稿・スケッチなど)がウェブで公開されていることに気付き、以前から関心があったピアノのための「2つの前奏曲op.29」やヴァイオリン協奏曲など、いろいろな譜面を読んでいます。 Fartein Valens verker - Norsk musikkarv (ファルタイン・ヴァーレンの作品 ノルウェー音楽遺産) http://www.musikkarven.no/komponister/valen/verker/ (作品名表記は原語(主にノルウェー語)、項目記述は英語) このサイトはノルウェーの音楽に関する資料集成プロジェクトのサイトで、ここから各種資料の情報を知ることができ、ウェブで公開されている資料はその掲載ページに飛ぶことができます。ヴァーレンの自筆譜は所蔵先であるノルウェーの国立図書館のサイトに飛んでそこで読めるようになっています。リンクにはNBDigitalと書いてあります。 なお、ヴァーレンの他にも、グリーグやスヴェンセンなどいろいろな作曲家・音楽家のコーナーがありますが、作品自筆譜が読めるのは現在のところヴァーレンだけのようです。なおグリーグの自筆譜は以前ご紹介したベルゲン公共図書館グリーグコレクションからたどって読むことができます。 ヴァーレンの作品の楽譜はノルウェーの出版社Lyche(他の音楽出版社と合併?して全体的にMusikkforlageneという呼称になっているようです)からいまもある程度の数が刊行されていますが、たとえばop.29のうち第2曲はウェブカタログになく、自筆譜公開がありがたいです。 ただ、ヴァイオリン協奏曲ではカデンツァが自筆譜上に書かれていない(同曲の諸々の録音では同じカデンツァが演奏されていますので、おそらく出版譜校正の段階でヴァーレンがカデンツァを書き加えたのだろうと思います※)など、自筆譜に書かれている内容が必ずしも「最終版」というわけではないと考えられるので、自筆譜に頼り切るわけにもいかなさそうです。使っていく上では刊行譜とあわせて参考にしていくのがベストではあるかと思います。 ※ ヴァイオリン協奏曲のカデンツァですが、この記事を書き上げた後、この下に書いているヴァーレンの作曲ノート(テーマ編)を読んでいてたまたまそのカデンツァ(の原型らしき音型)が書いてあるのを見つけました。日付が1945年8月1日となっていて、ヴァイオリン協奏曲本体の自筆譜日付1940年6月16日よりもだいぶ後です。初版はカデンツァの日付よりさらに後だと思われるので、たぶんヴァーレンは初版の原稿として本体原稿とカデンツァの原稿をそれぞれ出版社に送ったのではないかと思います。 このヴァーレンの自筆譜公開サイトでは、各作品のスケッチ(というか制作帳のようなもの)と、ヴァーレンが書き続けていた習作・練習ノートも見ることができます。これらがとても興味深いです。どちらもノートに1日1日少しずつ書かれていて、ヴァーレンがどのように作曲に取り組んでいたのかが譜面(画面)から伝わってくるようです。 ヴァーレンの音楽は12音技法的な無調だと以前書いたのですが(初期の作品は後期ロマン派的というか調性を拡大した表現主義的な音楽という感じですが、習作を続けながら意図的にスタイルを切り替えていったようです)、作品のスケッチを読んでみると、曲の冒頭から順に、音をいろいろ変えて試しながら少しずつ曲を形作っている様子があり、いっぽうでいわゆる「音列」を生のままメモしたり曲の構造をラフに書いたりということが(私がこれまで読んだ範囲では)ほとんど見られません。音列を固定してそれを操作して作品を構成するというスタンスではないように見えます。むしろ、12音を意識しながらも音列というよりはテーマや動機に基づいて少しずつ楽想を展開していったという印象が強いです。12音技法の始祖と目されているアルノルト・シェーンベルクのように「音列」に複雑な操作(聴くだけではわからない、楽譜を読んで分析・解読しないとわからないような)を加えて楽想を作ったような形跡は私には見えません(見えていないだけかもしれません)。実際、テーマや動機がどのように使われているのか、聴いていても比較的わかりやすいです(オーケストラ作品などでは複雑な聞き取りづらい構造になりますが、それでもシェーンベルクのピアノ曲などよりははるかに「聴いてわかりやすい」です)。 そういうことから言えば、ヴァーレンを12音技法の作曲家と表現するよりは、12音技法を参考にしつつも独自に無調語法を追求した作曲家、と捉えるほうがまちがいがないのではないかと思います。ヴァーレンの語法は習作群によって培われてきたものだと考えられ、実際に習作群の分析を試みている研究論文もあったりします。しかしその語法を「理解」するためには作品やスケッチ・習作ノートを相当に読み込んで綿密な分析を施す必要がありそうです(コンピュータを使用する必要があるかもしれません)。またヴァーレンの作風の変化を初期・中期(不協和対位法の時期)・後期(自由な12音技法の時期)と分ける考え方があるようで、作品ごと・時期ごとに丁寧に分析することが必要なのかもしれません。 ただ、それよりも先に、やはり作品に親しんで、ヴァーレンの音楽そのものを受け取ることで自分の中に培われてくる洞察を大事にするほうが、少なくとも自分の人生にはよさそうな気がしています。分析はおいおいやっていきたいと思っています。 この機会に、これまでに見つけたヴァーレンに関する動画を紹介したいと思います。演奏動画もいろいろとありますが、ノルウェーで制作されたテレビの特集番組がいくつかあり、これらがまたとても興味深いので、ここではそうした番組の動画を紹介します。言語がノルウェー語なので私には内容があまりわかりませんが(なんとか3パーセントくらいは聞き取れる感じです)、画面やほかの資料からの知識とあわせて見ているといくらかわかった気になります。 Fartein Valen - komponisten og mennesket (NRKノルウェー放送協会 1962) https://tv.nrk.no/program/fola62001762/fartein-valen-komponisten-og-mennesket 「ファルタイン・ヴァーレン 作曲家、そして人間」 ヴァーレンの没後10年に放送された番組のようです。ヴァーレンは50歳のころにオスロでの生活を引き上げてノルウェー西海岸の小村ヴァーレヴォーグ Valevåg にある彼の父母が建てた家に住むようになりますが(それ以前にもオスロとヴァーレヴォーグを行き来していた時期があったということですが)、そのヴァーレンの家でヴァーレンの生前によろずの世話をしておられたヴァーレンのお姉さんにインタビューをしています(ヴァーレンは生涯独身でした)。たぶんとても貴重なお話しをされていると思うのですが、いまのところ私にはあまり聞き取れず、もっとノルウェー語をたくさん聴いて勉強しないといけないなと思っています。 現在ヴァーレンのピアノ作品楽譜の校訂版が数点出ていますが、その校訂者のピアニスト、ハンナ・マリー・ヴァイダール Hanna=Marie Weydahl が出演してヴァーレンのピアノ曲数点を演奏しています。また、オルガン作品「パストラーレ」がフル演奏されています。ヴァーレンのオルガン作品はオーケストラ曲やピアノ曲にくらべて聴ける機会(録音)が少なく(というかこれまで聴いたことがありませんでした)、この点でもとても貴重だと思います。 Min tid kommer nok (NRK 1987) https://tv.nrk.no/program/FMUS00004687/min-tid-kommer-nok 「私の時代はこれから来る」 こちらはヴァーレンの生誕100年の番組です。レコードレーベルBISにヴァーレンのピアノ作品全集録音をしているロベルト・リーフリング Robert Riefling が案内役で出演し、ヴァーレンが留学したベルリン、初期の仕事(大学図書館の音楽アーカイブに勤務していました)をしていたオスロ、旅先のローマやマジョルカ島、そしてヴァーレヴォーグなどのロケを交えて、ヴァーレンの人生と音楽を紹介しています。 番組の最後で、リーフリングがヴァーレンの「間奏曲」をフルで演奏しています。リーフリングが曲の難所をどうこなしているかなども映っていて、その意味でも参考になります。なおリーフリングがヴァーレン作品の演奏にあたって運指などを研究して刊行譜に自分用に書き込んだものが、ヴァーレンの自筆譜アーカイブに含まれていて、これもとても参考になります。 Min tid kommer nok はヴァーレンが言った言葉とのことです。オスロでオーケストラ伴奏歌曲「アヴェ・マリア」が初演された際に批評家たちからバッシングを受けるのですが、その際にヴァーレンがただ一言そう言った…みたいないきさつが聞きとれます(でもほんとうかどうか保証できかねます)。 Fartein Valen - Norwegian composer (2010) https://vimeo.com/171611121 こちらは2010年放送の新しい番組です。NRK公式サイトには動画が現在なく(以前は視聴不可ながらページはあったと思うのですが)、番組自体が外部制作だったようでスタッフの方の個人アカウントでアップロードされているようです。ドラマとインタビューで構成されていて、上の1987年番組で取り上げられた同じ場所が出てきたりします。 ドラマ部分でヴァーレンを演じている俳優さんがピアノを弾く場面があり、ほんとうに弾いていてしかもとてもうまいので、どういう人だろうと思っていたのですが、番組最後のクレジットを読んで、ノルウェーのピアニスト、シグール・スロッテブレック Sigurd Slåttebrekk だと知りました。スロッテブレックは先だって、グリーグに「なりきって」グリーグ作品を演奏するプロジェクトに取り組んだピアニストで(この自由帳にも書いたことがあります)、この番組のときにはヴァーレンになりきっていたというのが、たまたまなのか関係があったのかわかりませんが、おもしろいです。スロッテブレックはヴァーレンが生まれた町スタヴァンゲルの出身で、ファルタイン・ヴァーレンフェスティバルのサイトにある本人のコメントによると、こどもの頃から家庭内でヴァーレンのピアノ曲を聴いていたということで、容貌等あわせて適任だったのかもしれません。 これらの動画に映っている、ヴァーレンの住んでいた土地ヴァーレヴォーグは、上に書いたようにノルウェーの西海岸に位置しますが、小高い山と海岸との間のうねるような丘陵がおりなす、見るからに大自然の中という感じの場所で、周辺に民家がほとんど見えません(グーグルマップで見ると一帯は小さな集落になっています。ちなみにストリートビューはありません)。ヴァーレンはここをあまり出ること無く、第二次大戦のあいだもここで静かに作曲を続けていたそうです。 ヴァーレンの家は上の番組動画などいろいろな動画で外や中の様子が映っています。ヴァーレンの家の仕事部屋は、大きな窓に書き物机が向けられ、その右手に書架、左手にアップライトピアノが置かれ、むかしの動画では机の上にたくさんのサボテンが並べられています。壁にはヴァーレンのインスピレーションのもととなったさまざまな絵に混じって、ヴァーレンの肖像画、そして(おそらくヴァーレンが飼っていた)猫の絵がかかっています。グリーグの家やシベリウスの家の雰囲気に通じる、おだやかな家に見えます。 ヴァーレンの音楽はときどき「静謐」という表現がなされるのを見聞します。たしかに静かに穏やかに音楽が推移していく時間が多いのですが、オーケストラ曲でもピアノ曲でもときおりとても激しい表現があり、初期のころの後期ロマン派的あるいは表現主義的な傾向が別のかたち・しかたで生きているようにも思います。また、協和ではなく不協和を原理とした対位法を構想・実践していたとのことで、調性音楽ではほぼ聞かれない厳しい響きが各所でします。それでも音の響きはやはり清澄と言う言葉がよく合うように思います。その清澄さはどこからきたのかと思うと、それは突き止める意味がなさそうな問いではありますが、やはりヴァーレヴォーグの景色、ヴァーレンの住処の雰囲気がとてもよく合っているようにも思います。 せっかくだからと思っていろいろネット上のリソースを取り上げてみましたが、かんじんのヴァーレンの個々の作品について、これまでまだあまり立ち入ったことを書いていません。いずれ、間奏曲やヴァイオリン協奏曲など、自分が以前から聴いていくらか親しんできた作品について、何か少し書いてみたいと思います。 *** 【修正】2018年5月2日 ピアニスト Hanna=Marie Weydahl さんの発音表記を「ハンナ・マリー・ヴァイダール」に変更しました。 |
2018年3月9日 | 近況 |
2月にピアノの祭に参加してさまざまな方々の演奏を拝聴しました。私はグリーグの「オーラの谷で、オーラの湖で」を演奏しました。そのあと自分で思っていた以上に疲れが出て、もともと少し不調気味だったこともあったためか、そのころからしばらく調子を崩していました。まだ本調子でありませんが、年度末でいろいろ用件がたまっていることもあり、ぼちぼちやっているところです。 オリンピックのあとショパンのバラード第1番を思い出し思い出し弾いていて、少し音の厚い曲を聴き弾きしたいと思い、過去にピアノイベントで他の方々が弾いておられたブラームスの「6つのピアノ小品op.118」の第2曲インテルメッツォや、フォーレの夜想曲第6番を、動画で視聴しました。たまたまどちらも1890年代前半の作品ということで、もちろんいろいろと性格が違うのですが、続けて聴いていたら、その時代のピアノ音楽の底に流れている濃いロマンティシズムというのか、何か熱いものがずしんと心に響いてくる感じがしました。 いま両曲を少し練習しています。弾き続けるかどうか決めていませんが、これまで弾いてきた音楽と少し違う感じの音楽をもうひととき楽しんでいけたらとも思っています。 オカリナはあまり吹いていません。やや耳に障る感じがしています。耳もさることながら、息を出し続けることがちょっとつらく、オカリナはたまに音を楽しむ程度にしています。先日、ひさしぶりに公園の隅で吹いていたら、離れたところを通っておられた方から拍手をいただきました。そういうこともひさしぶりでうれしかったのですが、吹き終えると耳が遠くなっていて(しばらくのあいだだけでしたが)、あまり調子に乗らないほうがよさそうに感じました。 小さな楽想をこまめに書くのを続けています。心に音を浮かべてそれを書いていると、気持ちが落ち着きます。写経をしたことはありませんがこういう感じなのかもと思ったりします。そのときの季節の感じや雰囲気を受けて、そこにこちらからの音をぽつぽつ乗せていく感じで書いています。 別のブログで道行く先々で出会った木や草のことを短く書き続けているのですが、この数日は、そうした木々や草々のことを思い浮かべながら、その木その草の楽想を書くということもしてみています。そうすることで、その木その草とまみえたそのときどきのできごと、思い出を、音楽の「世界(の片隅)」に刻印していけるような気がしています。 まとまった作品はなかなかできませんが、しばらくこうしてエスキースを作っていこうと思っています。 *** |
2018年1月24日 | 近況 |
遅くなりましたが今年もよろしくお願いいたします。 今年2018年は明治維新から150年ということだそうですが(歴史にとても疎いです)、この自由帳でときどき書いているノルウェーの作曲家ハルフダン・シェルルフ(ヒェルルフとも聞こえますが発音についてはそのうち書くつもりです)の没後150年にあたります。このごろは作曲家の生誕何年没後何年ということにあまり振り回されないで自分のペースで音楽をやっていくことを好んでいますが、シェルルフは2015年に生誕200年を迎えたばかりで、その年にシェルルフの作品を演奏させてもいただきました。記念年が近接して続くのもひとつの機縁だろうと思い、今年も意識してシェルルフの作品を弾きたいと思っています。シェルルフについては上の発音のことも含めてそのうちまた書くつもりです。 また、同じくノルウェーの作曲家ファルテイン・ヴァーレン(動画などではファルタインと聞こえます)の作品を読んで練習しています。ヴァーレンについては自筆譜や書簡などの資料が公開されるようになっていて、(私には)謎だったヴァーレンの作品の形成過程や「思考法」のようなものもたどることができそうに思っています。今年はヴァーレンの作品についても何か書こうと考えています。 2月にグリーグの作品を演奏する予定です。曲は、19のノルウェー民謡op.66から「オーラの谷で、オーラの湖で」です。原曲は悲しい伝説に基づく民謡ですが、グリーグがその唄の意味を汲んでとても美しいピアノ音楽を作り上げています。いくらかなりともいい演奏になればと思っています。 ピアノもオカリナも少しペースを落としました。実際に音を鳴らすのでなく心で音楽を味わう日が(もっと)あっていいと思うようになってきました。作るほうでは昨年の始めからおりおり1ページほどの楽想を書くなどして自分の音楽をあたためています。今年は引き続きそうしながら、これまであたためていたものを少し外気に当ててみようと思っています。 (1月26日少し手直ししました)*** |
2017年12月7日 | 近況 |
しばらく前のことになりますが、10月に志免町の一般参加ロビーコンサート「はつらつピアノコンサート」に参加して、グリーグの抒情小曲集から「森の静けさ」を演奏しました。「森の静けさ」は自分ではあまりよく弾けなかった曲でしたが、うまく弾くことが問題ではないのだと気付いて、当日を迎える前に気持ちがすっきりして、自分としては素直に演奏することができたように思っています。参加者の皆様の演奏はとても充実していて、今年も音楽のよろこびをしみじみと感じました。 来年の那珂川町「ピアノの祭」にも出場できることになりました。そちらではグリーグの別の作品を演奏する予定です。 ラヴェル『クープランの墓』トッカータの練習も続けていますが、最近はノルウェーの作曲家ファルテイン・ヴァーレンの前奏曲op.29-1に手をかけています。以前も書いたような覚えがありますがヴァーレンは12音技法に近い無調語法の作品を作っていて、独特の透明感ある響きが印象的です。ピアノ曲ではいろいろな曲調を試してみたかのようなバラエティがあり、ちょっと取り付きにくい作品もありますが、op.29の前奏曲(2曲)は性格がはっきりしていて取り組み甲斐がある感じがしています。またそのうちゆっくり書きます。 オカリナも引き続き公園などで吹いています。自分で作った木のオカリナがいま4本あるのですが、その2号(B♭管:下の写真)を少し修理したところ、(自分が作ったにしては)なかなかいい音が鳴るようになり、最近は好んで吹いています。先日は山深い村の林で木々と隣り合いながら吹きました。まわりから、短いけれどとても深い反響音が返ってきて、その静かさを味わいました。 昨年の年末はロビー演奏のためにチャイコフスキーの「花のワルツ」を練習したり自作の「ピアノのための6つの小品」自筆清書をしたり音楽の面でも忙しく過ごしましたが、今年は完成できそうな作品もなく練習を急いでいる曲もなく、少なくとも音楽に関してはゆったりしています。来年はオカリナのワンポイント講座的なことを手がけたいと思ったりしていますが、今年はこのままゆったり年を送ることになりそうに思っているところです。 *** |
2017年9月19日 | 近況 |
志免町の一般参加ロビーコンサート「はつらつピアノコンサート」(10月9日)に出場申込をしました。いま左手親指が腱鞘炎ぎみで少し痛むのですが、たぶんそのころにはおさまっているのではないかと思います。 「ピアノのための6つの小品」の清書を続けていますが、はかどっていません。楽譜ソフトの謎な動きに振り回されています。作るほうでは、オカリナのための作品を構想しています。まだ基本的な構想があるだけで、作品になるかどうかなんともわかりませんが、向こうのほうにいる音楽と相談しながら取り組んでいます。 虫の声が美しい季節です。夜にはよく聴いています。いつまでも聴いていられる感じです(ただ、ずっと聴いていると、耳がやや聞こえにくくなっていたりします)。 雨の音も好んで聴いています。先だっての雨の日に、雨音にあわせて(家で聞こえる雨音は屋根か草木の葉か土に当たる音です)オカリナのハンマリング奏法(というのかよく知りませんが、吹かずに指穴を指で叩いてぽんぽんと音を鳴らす奏法)で即興で音を鳴らしてひととき楽しみました。そんなふうに、そこでしている音、そこにいまある音に、自分の音をあわせて鳴らす、というのが、どうもいまの自分にいちばんすんなりくる「音楽」のようです。このごろの自分の作品はそんなふうに作ったものが多いですし、何かの曲を演奏するときでも、そのようであれればいいなと思ったりします。 *** |
2017年9月5日 | 9月4日グリーグの命日に |
今年はイザベウ・モウラン(Isabel Mourao, oの上に〜)のグリーグ作品録音(VOX CD3X 3023)を少し聴きました。モウランのグリーグは私が10代のころにFMで流れていて、エアチェックテープ(いまは聞かない言葉になりました)を繰り返し繰り返し聴いていました。抒情小曲集の録音はギレリスのLPを持っていましたが、収録されていない曲のほうが多く、このモウランの演奏で知った作品がたくさんあります。「農夫の歌」や「夏の夕べ」などがそうでした。また、スロッテルや「気分 op.73」はモウランのLPを買って聴きました。 モウランの演奏はとても「歌ごころ」ある演奏です。ところどころピアノのコントロールが難しげなところが聞かれたりもしますが(ピアノのコンディションがあまりよくなさそうにも聞こえます)、それを差し置いて魅力ある演奏です。いまでもときどき思い出してCDをかけます。 しばらく前、検索をかけていて、モウランさんが去年亡くなっていたことを知りました。私にとっては、グリーグ音楽への道標のおひとりでした。 モウランの録音で、抒情小曲集第10集の「森の静けさ」を聴いていると、最後のアルペジオが上に昇っていく箇所で、鳥のさえずりのような音がかすかにします。あらためて聴き直して、やっぱり鳥の声に聞こえました。ピアノのことも考えると、スタジオでなくてどこかの部屋か体育館のような場所で録音されたのでしょうか。いずれにしても、「森の静けさ」録音中にほんとうに鳥の声がしてそれが記録に残ったのであれば、それはなんだか奇跡のように私には思えます。 モウランさんも、グリーグさんも、アルペジオの上のほうの高みで、地上で繰り返し繰り返し流され弾かれている「森の静けさ」を、聴いておられるでしょうか。鳥のさえずり、森の声といっしょに。 *** |
2017年8月12日 | ピアノリレーマラソン |
夏の恒例ピアノリレーマラソン、今年は客席で拝聴しました。ひさしぶりにお会いできた方、毎年客席で聴かせていただいている方、新しくお見かけする方々のすてきな演奏を今年も楽しませていただきました。 全体プログラムのおおよそ三分の二は聴けたと思うのですが、後半疲れが出ました。聴くだけなのに疲れるのも申し訳ないのですが、このごろ体が弱ってきている自覚があり、今後はあまり無理できないかもと思っています。 着席する位置を何度か変えて聴いたのですが、今年はとてもよく弾けている方の音がにごって聴きづらいケースがたびたびありました。音量が出ていても音が「出てきていない」「立っていない」みたいな状態です。ロマン派・印象派の楽曲が特にそうでしたが、モーツァルトはとてもきれいに聞こえて、演奏する「場」のこととかモダンピアノの響きのこととかいろいろ考えさせられました。私のむかしの出場時の演奏も、録音を聞き返すとけっこうにごっていて、もし来年自分が出場するならそこを課題として明確に意識しないとと思いました。 感涙した演奏もありました。コンサートピアニストのリサイタルではまず味わうことがない感動もありました。技術的に優れている演奏の価値というものもありますが、ふつうに言われる意味での「うまさ」どうこうに関わらず、やはり、お好きな曲やこれと決めた曲を練習し演奏されるときに発揮されるものや生まれ出てくるものがあるのだなと思いました。今年もまたよい体験を積むことができました。ありがとうございました。 *** |
2017年6月29日 | 瀧廉太郎さん命日 |
先日、ひさしぶりに「憾」を自分で弾きました。このごろは「メヌエット」はときどき弾くことがありますが、「憾」はごくたまにしか弾くことがありません。いっしょうけんめい練習していた10数年前とは曲の捉え方や自分のふだんの気持ちのあり方がやはりいくらか変わったような気がします。おりおりこうして弾きながら、そのときそのときのこの曲の姿を音にしていきたいと思っています。 「メヌエット」はオカリナでも吹くことがあります。12穴のいわゆるアルトCオカリナであれば、ト短調に移調して1フレーズだけオクターブ移動すると演奏できます。きょうはひとりで「メヌエット」「荒磯の波」「荒城の月」を吹きました。大分では追悼演奏会が開かれたようですし、いろいろなところでそれぞれの方々がそれぞれに、瀧さんを偲んでおられた1日であったろうと思っています。 「憾」コーナーは当面は更新の予定がありません。目下何かの調査や考察を進行させているということでは特にないです。余録ページも構想してはいますが、まだ「さあ書こう」というほどの気持ちになっていません。しばらくは現状で読んでいただけたらと思っております。私が書いたものを引用していただいても無視していただいてもどちらでもかまわないので(できれば引用していただけるとありがたいですが…)、「憾」に関する調査研究がさらに進展して、よりよい形で「憾」が受け止められ親しまれていくようになることを願っています。 *** |
2017年6月25日 | 近況ほか |
最近のブラウザだとこのサイトの各ページで文字化けが起きるようなので、ひとまずこのサイトのトップページ、「憾」コーナー、そしてここ自由帳の文字コードをUTF-8にしたのですが、それでも一部ブラウザで文字が化ける様子だったのでさらに手直ししました。自分で確認できる範囲ではこれで読めるようになったのではと思います。シェルルフコーナーもそのように修正しました。ほかのページはまだ対応していませんが、だいたいだいじょうぶなのではと思っています。もし文字化けが起きるページがありましたら、ブラウザのエンコードをEUCかShift-JISにしてみてください。 いま、ラヴェルの『クープラン讃』(クープランの墓)から「トッカータ」を練習しています。10年かもっと前ぐらいに楽譜を買って、たまに練習していたのですが、弾けるようになる気がしなくなり、置いたままにしていました。このごろまた取り組んでみたくなって、練習を再開しています。 まめに弾いていると、アイデアが生まれて指や手の動きが新しくわかったり、とれなかった鍵がとれるようになったりして、なんとかなっていくものだと思っています。特にステージで弾くなどの予定があるわけではないですが(今年は春先のピアノの祭も夏のピアノリレーマラソンも締め切りに間に合いませんでした)、ある程度速く弾けるところまでは練習したいと思います。 グリーグの『スロッテル』op.72も引き続き練習しています。また、モンポウの前奏曲第8番・第9番も最近練習して、そちらはいまロビーで弾いたりもしています。 昨年、『ピアノのための6つの小品』という自作作品を仕上げました。そのときは楽譜作成ソフトが使えなかったので自筆譜を作成しただけですが、また楽譜作成ソフトが使えるようになったのでそれであらためて描いてみています。ただ、以前使っていたソフトと別のソフトで、使える機能が少なかったりぜんぜん別の操作が必要だったりで、なかなか進められません。少しゆっくりめに作業して、仕上がったら何かの方法で発表したいと思います。 もうじき瀧廉太郎さんの命日です。以前にそのときの大分の天気を調べたことがあり、たしか雨ではなかったと覚えていますが、今年の九州はこれからしばらく雨が続きそうです。被害がないことを祈っています。 *** |
2017年6月16日 | 6月15日グリーグさんお誕生日 |
お誕生日にご命日の話を書くのもどうかと思いつつ。今年の9月はグリーグの没後110年になるのだな、と気づきました。2007年の没後100年はノルウェーに行きたかったのでしたが全然だめで、それ以降どんどんとノルウェーは遠い国になっていく感じの毎日です。いずれにしても、いまここでできることをやっていく気持ちでいます。 昨日は家で、抒情小曲集から「農夫の歌」「ちょうちょ」「ふるさとで」「トロルハウゲンの祝婚の日」、19のノルウェー民謡から牛呼び歌、そして最近練習しているスロッテル(ノルウェー伝承舞曲)から「テレマルクに伝わる結婚行進曲」「クヌート・ルールオーセンのハリングⅡ」を弾きました。 スロッテルはたしか25年ぐらい前に東京で楽譜を買い、それからときどき練習していますが、きちんと自信をもって弾ける曲がまだなく、先だって思い立って練習し始めました。上の2曲はとても響きがきれいな曲で、そのように美しく響くように弾き慣れていきたいと思っています。 また、オカリナでも「農夫の歌」「ふるさとで」を吹きました。どちらも日頃から吹いています。ふだんは公園で吹くことが多く、空にだったり、木にだったり、足もとの虫にだったり聴いてもらっています。そうした場に、この2つの曲は合ってくれるようです。 自分の、音楽の楽しみ方音楽とのつきあい方も、こまかいところでいろいろと変わってきたようです。ツイッターではおりおりに音楽のことを書いていますが、ここでもおいおい、ツイッターより長めの話を書いていこうと思います。 2015年から2016年までの自由帳を過去のページに移しました。また、ハルフダン・シェルルフの音楽について書いた自由帳の記事からその部分を取り出して、シェルルフのコーナーを作りました。トップページからたどれるようにしています。 *** |
2017年5月29日 | 憾コーナー新訂第1版を掲載しました |
瀧廉太郎「憾」のコーナー、新訂第1版を掲載しました。改訂にたいへん長い時間を掛けながらあまり内容が変わっていず、しかも途中が長くなっていて、とても申し訳ない気持ちです。現在のところでできるだけのことをしたつもりですが、まだ見落としなどあるかもしれません。気づき次第こまめに訂正できればと思っています。 「憾」に関して、思ったことをもう少し自由に書くスペースを作りたいとも思っています。そのうち、余録みたいなことを載せる新ページを作るかもしれません。 「憾」コーナーも文字コードをUTF-8にしてみました。ほかのページで文字化けが起きるようでしたら、ブラウザのエンコードで文字コードをEUCかShift-JISに変更してお読みになられてください。 この自由帳もまたおりおり更新したいと思います。自分のそのときどきの細かい音楽話はいまツイッターを使って書いていますので、「どら梅 ツイッター」でウェブ検索してお読みください。 *** |
2017年5月8日 | 現在の状況 |
ファイル編集やアップロードなどの作業がまたできるようになりました。改訂作業が止まっていた「憾」コーナーも作業を再開できそうです。改訂版といってもあまり新味はなく、自分が気になっていた諸々の点を改良(だとは思う)しただけではありますが、あまり遠くないうちに掲載したいと思っています。 ブラウザによってこのページなどが文字化けするようなので、ためしにこのページとトップページだけをUTF-8にしてみました。もしこのサイトのどこかのページで文字化けが起きるようでしたら、すみませんがブラウザのエンコードで文字コードをEUCかShift-JISに変更してご覧になってみてください。 *** |