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ある日のコンサートの客席で
(ヴァイオリンソナタ第3番Op.45 [その1])

ここ福岡ではグリーグの作品が演奏されるのをまぢかで聴く機会はなかなかないのですが、
それでも、
コンサートホールの定期刊行物や新聞雑誌の演奏会情報などをこまめに集めていると、
一年に数回くらいはグリーグ作品がプログラムに組まれているのを見つけます。

もうかなり昔の話ですが、
グリーグのヴァイオリンソナタ第3番がプログラムに組まれているリサイタルを見つけ、
出かけていきました。
その時の話です。

... グリーグのヴァイオリンソナタ第3番を初めて聴いたのは、それより数年前にさかのぼる話で、いつものようにFMでだったのですが、
聴いて大好きになり、
まさにテープがすり切れるほどくり返して聴きました。
(ちなみにそれまでわたしはピアノ曲と管弦楽作品ばかりを聴いていたのですが、
それ以降、ヴァイオリン曲や室内楽も聴くようになりました。)

... で、
この曲はどこをとっても好きなのですが(というか、勝手にとれませんが)、
そのエアチェックテープを聴いているとき、曲が或る箇所に来ると、いつも涙が出てくるようになりました。
なぜ、というのは自分でもわからないのですが、
その箇所に来ると、
のどが締まるような感じがしたり胸の底からぐわっと熱がこみ上げてきたり、そのときどきで感じに違いはあるのですが、
ほとんど聴くたび毎度毎度、涙が出てきます。
グリーグのヴァイオリンソナタ第3番がプログラムに入ったそのリサイタルを見つけて、演奏会場でこの曲を聴いたことがたしかその時まだなく、
もちろんチケットをしっかり買いました。
ただ、客席で聴いていてもひょっとして涙が出るんじゃないかと、
少し心配していました。
それまで、演奏会場で泣いたことなどありませんでしたので。

その日の演奏はいい演奏で、
この曲はライブで聴くのがいちばんだと後々思うようになった、その発端だったと、いまでは思うのですが、
その演奏の、いつもテープで聴いて心動かされてきた箇所も、すばらしく美しく、
聴いていて目に涙がたまってきました。
そしてしだいに気持ちがおちついてきた、そのとき、
わたしのすぐ前の席に座っている、後ろから見るとやや年配ながらビジネスマン風の男の方が、くすんくすんと小さく鼻を鳴らしはじめました。
どうしたのかなとも思わずにいたのですが、
その男の方は、掛けていらした眼鏡を外して、目許のあたりをハンカチのようなもので押さえました。
その楽章が終わって、次の楽章が始まるまでの間、その男性の方はそうしていらっしゃいました。

その方は、鼻の具合が悪かったのかもしれないですし、なにか別の理由からかもしれないのですが、
後ろのわたしは、この曲で、ここの箇所で、涙を流す方がいらっしゃるんだ、と思って、
そのことがひときわ、胸に響きました。

そのリサイタルの日の少し後、どこかの図書館で目にしたかなり古い名曲解説本で、
グリーグのヴァイオリンソナタ第3番の項を見ていると、
この曲は昔は日本でもたいへん愛好されていた、という記述がありました。
リサイタルの客席でわたしの前の席にいらっしゃったあの方の、歳の感じを思い出し、
昔この曲をお好きだった、昔からこの曲をお好きだった方だったのかもしれない、と、
あの時の後ろ姿を思い返しました。

演奏会の客席で、演奏の始まる前にひざの上にハンドタオルを1枚出してから聴くようになったのは、たしかそれからです。 2001年06月12日


 

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記事作成:さんちろく