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カントリーミュージック・・・

ノルウェー放送協会NRKにからんでの話です。

短波ラジオで海外短波放送をお聴きになったことのある方はご存じかもしれませんが、
短波放送は電波の伝わり方が独特で、
中波やFMでは聴けない、遠く離れた国の放送を聴くことができるいっぽう、
電波の強さが安定せず、聞こえたり聞こえなくなったりを繰り返します。
季節や時間や電波の周波数によって電波の伝わり具合は大きく変わります。
そのため(だと思いますが)、
昔、短波放送局はリスナーが電波の受信状態を報告してくれるのを歓迎していました。
で、リスナーが手紙で受信報告を放送局に送ると、
放送局は報告したリスナーへ、お礼に「受信証明書」を送るという慣習がありました。
受信証明書はたいてい、その国の風物や放送局の建物などの絵はがきになっていて、
そういう絵はがき形の証明書は「ベリカード (verification card[これは和製英語らしい], QSL card) 」と呼ばれます。
ベリカードは見て楽しいし、また電波が弱い遠隔地の放送を聴いてそれがもらえると嬉しいので、
各地の放送を聴いて受信報告を送ってベリカードを集めるのがはやった時期があります。

わたしもいろんな国の短波放送を聴いてました。
ノルウェー放送協会NRKの海外向け放送、ラジオノルウェー Radio Norway(現: Radio Norway International)も、
番組はほとんどノルウェー語なのに、意味わからないまましょっちゅう聴いてました。
ベリカード集めにはあまり関心がなかったほうなのですが、
あるとき、ラジオノルウェーのベリカードが欲しくなり、
受信報告書を送ってみることにしました。
グリーグの作品を少しずつ聴いていた頃です。

受信報告書は、
ある日のある回の放送を聴いて(他国向け短波放送は30分とか1時間とかの時間枠で放送されることが多いです)、
そのときの放送電波の強さや聞こえやすさと、
番組の内容を簡単に書いて(これは、リスナーが聴いたのが確かにその放送局の放送だったのかを局側が確認するのに必要)、
番組の感想や希望などを添えて、
放送局に送ります。

で、その日、わたしがラジオノルウェーを聴いていると、
ヴァイオリンみたいな楽器の演奏が流れました。
その音楽を、わたしはアメリカのカントリー&ウエスタンだと思って、
ラジオノルウェーへの受信報告に、番組内容を"country & western" と書いて送ったのです。
(ちなみに、「カントリー」と「ウエスタン」とはまったく別物で、
日本で昔言っていた「カントリー&ウエスタン」という呼び方はうまくない、と
このごろ本で読みました。)
「ノルウェーの folk music をぜひ放送で流してください」と、希望も書きました。
ラジオノルウェーからベリカードが来るのを楽しみに待っていましたが、
何週間、何か月待っても、ベリカードは来ませんでした。

それからしばらく経って、
グリーグの「ペール・ギュント」を、
組曲でなく抜粋版で聴きました。
抜粋版で聴いたのが初めてだったかどうかは覚えていません。
その「前奏曲」の途中で、
ヴァイオリン独奏の、カントリー&ウエスタンみたいなのが聞こえてきました。
そのとき、あっ!と思いました。
ラジオノルウェーからどうして返事が来なかったのかも、たちまちわかりました。
あのとき放送で聴いた「カントリー&ウエスタン」は、ノルウェーの民俗音楽だったのです。
ノルウェーには、「ハリングフェーレ hardingfele 」と呼ばれる、ヴァイオリンに似た民俗楽器があります。また、単に fele と呼ばれる、ほとんどヴァイオリンな楽器もあります。
これらの楽器は、おもに踊りの伴奏を奏でるのに使われるそうです。
グリーグのピアノ曲集「抒情小曲集」のなかには、これらヴァイオリン系の楽器が奏でる舞曲を模した作品が多くあり、
わたしはそれらピアノ曲はそこそこ聴いていたのですが、
またそれらがもともとハリングフェーレで演奏される音楽なのだと知ってはいましたが、
その「オリジナル」の姿は、まったく知りませんでした。

ラジオノルウェーでわたしの手紙を読んだスタッフは、
いったい何を書いているのかわからなかったか、
われわれの伝統音楽をアメリカ音楽とまちがえるとは!とカンカンになって怒ったか、
だったのでしょう。
大恥をかきました。

いまでは、ノルウェーの伝承音楽のCDも福岡のCD屋さんの店頭に置かれるようになり、
わたしも、罪滅ぼしのつもりではないですが、ずいぶん聴きました。
はっきり言って、グリーグのピアノ曲からだけでは、
ハリングフェーレで奏でられる音楽の姿は、想像つきません。
民俗音楽を「芸術音楽」に取り込むときの「限界」、について、考えさせられたものです。
(いまのわたしは、「芸術音楽」とか「限界」とか、そういう捉え方をしませんが)

ラジオノルウェーへは、それからだいぶ経って、また手紙を書き、
ベリカードもいただきました。
以前書きましたように、英語放送が廃止されるまでは、たびたび手紙を送りいただきしてました。

グリーグの作品とノルウェーの伝承音楽との関係は、いろいろな論点があって、論じておもしろそうでもありますが、
わたしは、また次の機会に、自分の体験したことから考えて書いてみます。 2001年12月04日


 

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記事作成:さんちろく