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主題の展開...
(ヴァイオリンソナタ第3番Op.45 [その2] & 音楽帳Op.47-2)

長いです。。。


このあいだ、中古レコード市が開かれていたので、立ち寄ってLPをあさっていたら、
グリーグのヴァイオリンソナタを収録した、知らないLPがありました。
聞いたことのない演奏者で、これはいったいなんだろうと(レコードですが)、
ジャケット裏面の解説を読んでいたら、
第3番のソナタ (Op.45) の解説に、「第1楽章は展開部のないソナタ形式」だと書かれてあって、
あぜんとしました。
「あるやろうもん展開部!なん書いとるっちゃろかこれ?!」と、ほとんど口に出そうでしたが止めました。
 (このページの筆者さんちろくは福岡人です)

**
ここのサイトにお出でになるおおかたの方々は
ソナタ形式についてわたしよりはるかにご承知のことと思いますが、
ソナタ形式は、
2つの(3つ以上のこともある)異なる主題(=メロディー、と思ってもらえばだいたい合ってます)があらわれ[呈示]、
その主題たちが単独に、あるいは絡み合って、形を変えていき[展開]、
最後に元の形の主題が(その色合いをいくらか変えて)あらわれる[再現]、
という、大きく3つの部分からなる、曲の構造です(...これでだいたいいいですよね...)。
***


その解説によると、グリーグは主題を展開するのが苦手で、そのかわりこの作品にはノルウェーの民族色あふれるメロディーがふんだんに盛り込まれており、ソナタというよりはラプソディーかなにか、ソナタとは別のものとして聴くといい、のだそうです。もう正確にはおぼえていませんが。
この作品の第3楽章のほうは、たしかに「展開部を欠いたソナタ形式」にみえ、実際そのように書いてある楽曲解説書も多く、例のレコードの解説も「第3楽章も展開部がない...」と書いてましたが、
(...もっとも、そもそもソナタ形式って、展開部があってこそのソナタ形式なのでは?と、思うのですが、)
第1楽章には展開部があります。
なんであの解説にあのように書かれていたのか、よくはわからないのですが、
グリーグはソナタのような大構造の作品は苦手にしていた、というのが通説らしいですので、
あるいはそれの影響なのかもしれません。
そのLPはちょっと聴いてはみたかったのですが、
結局買わずじまいです。

ただ、
ではグリーグは主題の展開がほんとうに苦手だったのか?と考えてみると、
あまりそうは思えない...というか、
むしろ、みごとだと思ったことがこれまでにしばしばありました。
当のヴァイオリンソナタ第3番の第1楽章展開部も、
第1主題の音形が、原形をとどめつつ、第2主題の音の運びで進行して力を高めていく箇所など、
初めてそうだと気がついたとき、わあっと感じたものです。

『抒情小曲集』第4集Op.47の第2曲、「音楽帳 Albumblad」という曲があります。
エミール・ギレリスの抒情小曲集抜粋LP/CDにも収録されてますので、
このサイトにお越しになられる方の中には、お聴きになった方もいらっしゃるかもしれません。
この曲はわたしは毎度のことながら手がうまく動かないので、うまく弾けませんが、
たまに弾いてみたくなることがあります。
すくなくとも、聴くには好きな曲です。
ヘ長調の軽妙な味わいの楽しい曲で、この曲なら素朴に「好き」と言ってしまってよさそうな感じもします。

で、ある日、楽譜を見ながらその「音楽帳」をつまびいていたとき(だったと思うのですが)、
ふと、
この音形って、ヴァイオリンソナタ第3番と同じなんじゃ?と思いました。
ヴァイオリンソナタ第3番の第1楽章は、冒頭からいきなり、ハ短調の第1主題が激しい音で出てくるのですが
 (「激しい?あれが?」と思われた方は、たぶんこの曲にわたしが思い抱いている感じとは別の感じを抱いてらっしゃるのでしょう)、
このハ短調の第1主題と、「音楽帳」のヘ長調のうきうきするメロディーが、
譜面に書かれた音価としてはほとんど同じなのです。

譜例を載せてみました。クリックすると別ウィンドウが開いて譜面が出てきます:

譜例1 グリーグ: ヴァイオリンソナタ第3番Op. 45 第1楽章冒頭部分

譜例2 グリーグ: 音楽帳(『抒情小曲集』第4集 Op. 47-2)冒頭部分

譜例3 グリーグ: ヴァイオリンソナタ第3番Op. 45 第1楽章11-14小節
譜例4 グリーグ: 音楽帳(『抒情小曲集』第4集 Op. 47-2)21-24小節


譜例5 グリーグ: ヴァイオリンソナタ第3番Op. 45 第1楽章39-40小節
譜例6 グリーグ: 音楽帳(『抒情小曲集』第4集 Op. 47-2)17-18小節


微妙にアクセントの付け方などがちがうので、リズム的に同じだとは言えませんが、
似てる、というか、「元」は同じなのでは?

「音楽帳」の含まれている『抒情小曲集』第4集は、作品番号が47です。ヴァイオリンソナタ第3番は作品番号45で、ほぼ同時期の出版です。
この件であまり詳しく資料に当たっていないので、調べれば作曲時期もちゃんとわかるかもしれませんが、
記憶では作曲時期もおおよそ同じだったはずです。
そんなこんなで、
グリーグは、1つの主題(というか、モティーフ)をあれこれと変形していくなかで、この2つの別々の作品を作り出したのでは?と、思えてきました。
ソナタを作曲する際には、おそらくモティーフのさまざまな変形を試みるはずで、
その変形の1つが、ソナタの中では使えないけれど、捨てがたい良さがあった、
それが「音楽帳」になったのでは?と。
そう考えると、「音楽帳」というタイトルも、いかにもそれらしいです。

そのへんの実態は、もちろんわたしにはわかりませんが、
グリーグは、一般に考えられているほどには
動機労作の力に乏しくはない、と思います。
むしろ、
こんなにちがった音楽を1つのモティーフから作り出せる、のなら、
それは想像性の豊かさの証拠なのでは、と思ったりします。

ちなみにそういう意味では、ショパンもそうですね。

グリーグの「モティーフ」については、いわゆる「グリーグ・モティーフ」の話がよく知られているみたいです(有名な、ピアノ協奏曲の冒頭とか)。
それについてはまたいつか、何か書ける...かもしれません。
***以下、2001年8月1日追記
  ざっと調べたところ、
ヴァイオリンソナタ第3番は1886年夏ごろから半年かけて作られ、1887年夏から秋に手直しをされて、同年に出版されたようです。
「音楽帳」は1887年6月に"スケッチ"が書かれていたようです。出版は1888年です。
「音楽帳」のスケッチが、どの程度作り込まれたものなのかわからないのですが、
時期的に、ヴァイオリンソナタを作り込んでいた時期より少し遅いのでは?という気もします。
ソナタ作曲中の副産物、というよりは、
少し力がとれた後、ふんわりと訪れた楽想、だったのかもしれません。
そのへんはわからないことなので、
ひとつの想像を決定版にしてしまわないことが大切だろうな、と思いました。

参考資料: Finn Benestad and Dag Schjelderup-Ebbe (transl. William H. Halverson and Leland B. Sateren) 1988 Edvard Grieg : the man and the artist. Lincoln : University of Nebraska Press
***追記ここまで
2001年07月31日


 

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記事作成:さんちろく