1. Arietta op.12-1
はじまりの音楽・・これから始まるという雰囲気が漂う音楽、みたいなものがある。
この「アリエッタ」は、もし『抒情小曲集』がCDやリサイタルで何曲か続けて弾かれるなら、その初めに弾かれたがる。途中ではどうもしっくりこない。いまからはじまる、はじめさ、が、この曲には漂っている。
そう感じるのは、たぶんこれまでこの小さな曲がたとえ番号順という理由でであれ最初に弾かれてきたのを、あまりにたびたび聴いた、だからにはちがいない。しかし、それだけが理由だとはもはや思えなくなってしまっている。
それはこの曲にとってひょっとしたらいくらか不幸せなことなのかもしれない。そのためだろうか、このささやかなメロディーは、64曲の長い径のりを経て、最後にふたたび、終わりの音楽になって帰ってくる。
(ふたたび帰ってくる、ということ・・しかも、あのときの姿は変わって。)
グリーグは、この曲のメロディーで『抒情小曲集』を閉じることを、この始まりの時にすでに考えていただろうか?いつ、考えついたのだろうか?『抒情小曲集』を、三部形式にすることを。生きることが、三部形式をとることを。
[変ホ長調のやさしい歌。童謡か、子守唄かもしれない。でも譜のとおりにきまじめに弾こうとすると、手が小さすぎたりする]
2003年6月3日
2. Vals / Walzer / Waltz op.12-2
(ひょっとして、2番目に弾かれるべき音楽というのも、あるのだろうか。)
後にグリーグは、人生は民謡のようだと言う。長調とも短調ともつかない。
ショパンの後のワルツ。あるいは、ノルウェーの山の村の楽師がフィドルで奏でる、村の祭りのワルツ。
この頃のグリーグはイ短調の人だったのかもしれない。ときどきイ長調。聴く人はここに、小さな「ピアノ協奏曲イ短調」を想うかもしれない。
[イ短調のワルツ。中間部イ長調。・・と普通は言うだろう。私が初めて弾いたグリーグ作品のひとつ。簡単で子どもたちもよく練習するが、たぶん響きが大切。]
2003年6月3日
3. Vaegtersang / Wachterlied / Watchman's song op.12-3
子どもの頃、この曲の Geister der Nacht「夜の精(霊)」と記された中間部が気味が悪かったです。7連符とか出てくるし。和声進行も変な感じで。
そのいっぽうで、その前後のホ長調の歌の和声の微妙なニュアンスが好きだったりしました。いま思うと、それはop.43-3「ふるさとで」やop.65-2「農夫の唄」の、淡々とした、でも情感のこもった歌に、通じているようです。
〔『マクベス』の劇に触発されて作られた曲。〕
2003年6月3日
4. Alfedans / Elfentanz / Fairy-dance op.12-4
なぜかリストの「鬼火」を想い出す。指の軽い動きと音の軽やかさが対応するピアノがありがたい。
曲の終わりをどう弾くのがいいだろう。とくに、最後の音をどういう間合いで鳴らすか。ほんの少しだけ間をおいてもいいような気がする。
2003年6月3日
5. Folkevise / Volksweise / Popular melody op.12-5
昔、エヴァ・クナルダールの演奏をずっと聴いていた。この曲の低音部の空の5度。自分で弾くといつもグジャンと鳴ってしまうのに、クナルダールの音はジャンでもボンでもガンでもギャンでもない、とても美しい響きだった。あの音が出なければこの曲ではないような気が、いまでもする。
本に、ショパンのマズルカの影響がみられるみたいなことが書いてあって、それを読んで以来マズルカが(ほんとうのところ合わないのに)この曲から離れてくれなかった。ノルウェーの民謡の詠唱をCDで聴いてから、ようやく、これは舞曲ではない、唄なんだ、と、納得した。
白い空の下の、ものうい唄。憂いているのではなく。
2003年6月3日
6. Norsk / Norwegisch / Norwegian melody op.12-6
ノルウェーに伝わる3拍子の舞曲スプリンガル springar は民俗楽器ハルダンゲルフィドル(ハリングフェーレ hardingfele )やふつうのフィドル fele で奏でられますが、この曲はその演奏を模した曲のようです。2小節にわたる持続音や3連符が特徴的です。
・・というのを長いこと知りませんでした。この曲は私が初めて弾いたグリーグ作品です。当時はどうしてこれが「ノルウェー的」なのかよくわからず、とにかくfzがたくさんあるのでピアノ協奏曲の冒頭なみにがんがん叩こうと、無茶をしました。ヴァイオリンソナタ第1番でも聞いて知っていたなら意味もわかったかもしれないですが。
豪快・・までいくかどうかはともかく、爽快に鳴らしたい曲です。
2003年6月4日
7. Albumblad / Albumblatt / Album-leaf op.12-7
主部はホ短調ですが、楽しくなる曲です。ときどき鼻歌で歌ってます。抒情小曲集第1集の中ではいちばん好きな感じです。この曲は私はノリが良い演奏を好みます。ト長調のメロディーが左手に出てくるところなど、明るく陽気にいこうか!と言っているみたいです。でも、しっとりと弾くのも合います。
以前書いたように、テレビコマーシャルの音楽にもなりました。
2003年6月4日
8. Faedrelandssang / Vaterlandishes Lied / National song op.12-8
憶測だが、グリーグはこの曲を、ノルウェーの国歌にしてほしいと思ってはいなかっただろうか。まだ独立を果たしていなかった当時のノルウェーで、自ら国民楽派たろうとし(当時そんな言葉はなかっただろうが)、運動にも身を投じたグリーグの作った、幻の国歌・・のように私には思われる。ビョルンソンがこの曲に詩を付けて歌って、グリーグが喜んだ様子が伝記には記されている。
ただ、歌うとするとこのピアノ曲のままでは歌いにくい。たとえば冒頭に現れる下降幅1オクターブの分散和音。後年グリーグがまとめた『ノルウェーの旋律』EG133の中に、この曲を元にした曲があるが、この部分は6度の幅に直されている。音高を部分的に上下移動すると、とても歌いやすい歌になる。
現在歌われているノルウェー国歌は、グリーグを国民楽派の道へ誘ったノールロークの作曲。
2003年6月4日