9. Vuggevise / Berceuse / Berceuse op.38-1
初めてこの曲を聴いた時、中間部の節回しがまるで日本の民謡のように聞こえたのを覚えています(37〜40小節とか)。エミール・ギレリスのLPでした。日本なのかどうかはともかく、自分にとても近しい感じがしました。それまで知っていた他のピアノ曲には感じなかった近しさでした。『19のノルウェー民謡』に出あう少し前のことでした。
1〜2小節目と4小節目のG(ソ)-D(レ)の音型のところをノルウェー語の"sove"(眠れ)や"baane"(子ども)をあてて唄うと、ほんとうにノルウェーで唄われている優しい子守唄のように聞こえます。
2003年6月5日
10. Folkevise / Volksweise / Popular melody op.38-2
なんの根拠もなく、夜の海を行く舟を感じる。根拠なくと言っても、4分の3拍子の con moto 、低音部の暗い響き、そして揺れるような旋律、そういったものから感じられているにはちがいない。ただ、それはピアノの音だからそうなのだろう。vise とは歌のこと。これの旋律だけを歌うと、揺れる感じは波の揺れとは違ってくる。歌われている内容はたぶん、夜の海とは関係ないだろう。(だいいち、中間部のあざやかさ。)
7度音程などにグリーグ独特の感じが漂う。
2003年6月5日
11. Melodie op.38-3
メロディーという言葉から、私はたとえばショパンのスケルツォ第2番の変ニ長調の朗々としたメロディーを思い浮かべる。グリーグの抒情小曲集の中には Melodie と題された曲がこの曲を含めて2つあるが、どちらもそういう意味でメロディアスと言えるかと考えるとちょっと惑う。
この曲は、左手が上降形の分散和音を奏でるそのあい間あい間に右手が断片的とも言えるような「メロディー」を複音で歌う。息のかぎり歌う、とうとうとしたメロディーではない。
が、息をつぎながら一節一節歌うこのメロディーが、とても美しい。ひとつひとつの節に情感がこもっている。むしろ、あふれている。そして、分散和音とあいまって、大きななだらかな歌をなしている。グリーグにとっては、これがメロディーだったのだろう。
(ミュージカルの、そのミュージカルの中で中心になる歌。あるいは、私の青空。数えられない悲しみの後で、ふと見上げた空、その青さに、むかし抱いていた憧れが今なお残っている。)
2003年6月7日
12. Halling / Norwegisher Tanz / Norwegian Dance op.38-4
ハリングはノルウェーの踊りです。2拍子系で、おだやかに始まり、しだいに(たしか)高い棒の先に掛けた帽子を足で蹴り落とすみたいな「かっこいい」ステップになっていく、踊り手の技巧をアピールする踊り・・だと聞いています。
これも hardingfele などのフィドルで奏でられることが多いですが、奏楽自体は必ずしも激しくはなく、踊りの間中淡々と続けられるのがふつうのようです。
ただ、リズム感には独特のものがあるようです。グリーグは編曲物も含めてかなりの数のハリングを書いていますが、それらをノルウェーの演奏家が奏でると、「ノリ」がいいです。
この曲で言うと、l6分音符2個と8分音符の音型が特徴ありますが、アクセントとスタッカートが付いている8分音符がポンと弾んで、16分音符がやや軽がり気味になる感じのノリ(タンタラタンタラ)が、たぶんそれっぽいノリです。
ピアニストとしてよりも楽師として弾くときっと曲の本領が発揮されるにちがいない、シンプルなハリングです。
2003年6月7日
13. Springdans / Springtanz / Norwegian dance op.38-5
・・手がひきつる!
(3拍子の楽しい踊り。装飾音や持続音など、フィドルの奏楽を模している。フィドル奏者おそるべし。)
2003年6月7日
14. Elegie op.38-6
沈んでいく音たち。
グリーグは早い時期から半音階進行を多用していたとされるが、この曲の冒頭のような下降していく半音階進行は「バラード」op.24や「音楽帳」op.28の第4曲あたりが始まりのように思う。その頃までにグリーグは両親と娘を亡くしている。
ただわずかに、14小節目の左手に、上昇する半音階進行(Dのバスの上でFis-G-Gis-A-Ais)が現れる。この進行はグリーグが若い頃から好んで曲に使ってきた美しい進行で、晩年、『19のノルウェー民謡』でもういちど使われることになる。
・・この曲には形式的なことの言葉しか継げない。この曲のことを言おうとすると、私の言葉ではどうしても足りない。
〔譜面に semplice 単純に、と記されている〕
2003年6月7日
15. Vals / Walzer / Waltz op.38-7
グリーグのワルツは op.12-2 が有名ですが、ふつうの意味でワルツらしいのはこの曲です。ショパンを知っている人が作った、ピアノのためのワルツです。
弾いていて、とてもすんなりとワルツになります。とりたてて工夫をする必要を感じません。めだたない、佳品です。
2003年6月7日
16. Kanon op.38-8
こだまの響き。ただし短調の節の。シンコペーションの休まらなさとあいまって、パッヘルベルのカノンとは対極的とも言えるような陰りの世界が綴られていく。
(長調の光さす時も訪れる。が、それも穏やかに、痛む光。)
2003年6月7日