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ノルウェーの横笛

 

 先日、「グリーグの世界」コーナーでも紹介している『ノルウェー夢ネット』の掲示板でノルウェー音楽の話題が盛り上がり、私も書き込んだりしました。
 この掲示板にはノルウェーに行ったり住んだりなさった方が多く、なかなか生活実感がある書き込みが多いです。ひるがえって、ノルウェーを肌で知らない私は、書き込む知識も本やネットを通じて知ったセコハン的なものばかりで、いかにノルウェーが私から「遠い世界」か、あらためて感じさせられました。
 私はグリーグの音楽が好きですが、たとえばショパンの音楽を愛するのにマズルカのリズム感や当時のポーランドの政治状況や人々の暮らしを知ることが必要なのかどうか、それと似た問題が、グリーグの場合もあるように思います。とはいえ、ノルウェーを知らない私にもグリーグの音楽は近しく語りかけてくれます。その語りかけをありがたく受け取りつつ、グリーグの遠い遠い夢の世界へは勉強しながら少しずつ近づいていく・・ということでかんべんしてもらえればと思っています。
 
 その掲示板でこの前、ノルウェーの民俗楽器の横笛の話がありました。名前がわからないとのことで、それはたぶんセリエフレイテ(フロイテあるいはフリョイテと書いてもいいかも) seljefloeyte だろうと思って、資料を調べて書き込みをしました。セリエフレイテはグリーグの音楽には直接関係がないと思っていたので、それまで私は詳しく知ろうとはしてきませんでした。
 セリエフレイテは柳 selje や樺 bjoerk の樹の樹皮をはいで作る笛だそうで、指穴がないという珍しい特徴を持っています。今ではプラスチック製のものがあるそうですが、もともとは春の一時期だけの楽器だったそうです。というのは、春になると樹の幹に樹液が上がってきて皮をはがしやすくなるので、その時期に皮をはいで笛を作り、それを使うのですが、やがて皮が乾燥して笛が使えなくなるのだそうです。つまり笛の命は作ったその春だけの命で、だからセリエフレイテは春になると作られ、また次の年の春にあらたに作られるのだそうです。・・以上、資料を読んで知りました。
 それを知って書き込みをした後、その件とは関係なく、グリーグの歌曲のCDを聴いていました。ノルウェーの地方語で詩を作っていた詩人オースムンド・ヴィンニェ Aasmund Vinje の詩にグリーグが作曲した、有名な「春」Vaaren という歌があります。長い冬が終わってノルウェーの山に春が訪れた情景を、もういちどこの春を見ることができた(らいいのに)と歌う、人生の終わりの歌、・・だと私は思っています。
 この歌の詩の最後に、次のようなところがあります:
 

Derfor eg fann millom bjoerkar og bar
i vaaren ei gaata;
derfor det ljod i den floeyta eg skar,
meg tyktes a graata.

 
この部分、少し古いものかもしれませんが大束省三さんの訳(Victoria VCD19018日本語解説)を紹介しますと:
 
こうして私は樺の樹と常緑樹(ときわぎ)の間に見出だした
春の中に一つの謎を
こうして私はその笛に一つの音を吹き通した
私には泣いているように思われる音を

 
 この詩のノルウェー語を自分で読むと、なかなか意味が取りにくいです。その中でもとくにこの部分はいったい何のことだろうと、以前思ったおぼえがありました。
 が、今回はつい先ほどセリエフレイテを調べたところだったので、この笛はセリエフレイテのことでは?と思いつきました。
 セリエフレイテは春に樺の木の樹皮をはいで作ります。詩の中の skar は動詞 skjere の過去形で、「切る」というのがふつうの意味です。樹皮はおそらくナイフで切り出すはずですから、セリエフレイテは「切って」作る笛なのでしょう。
 春のこの時期だけに作ることができ、この時期にだけしか吹けない笛。この春は私には最後の春かもしれない。この春の笛、この春だけの命の笛の音は、泣いているように聞こえる。
 初めてこの部分がひとつの像を結んで、ひとつの情景になって立ち現れてきました。もちろんそれが「正解」かどうかはわかりませんが、私にはその情景はあざやかに立ち現れました。
 セリエフレイテについて調べたことで、そもそも掲示板で横笛の話題を見たことで、思いがけず、これまでわからないでいたことがわかってきた、そんな気がしました。ありがたいことだと思うと同時に、こうしていろんな方といろんな機会に話を交わしていくなかで、少しずつグリーグの「遠い遠い夢の世界」に近づけたらいいな、と、思いました。
 逆に遠ざかったりしないよう願いつつ。
 
2003年2月28日

 

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