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イェンディーネさんの子守唄(19のノルウェー民謡op.66より第19曲)

グリーグの作品のうちでもわたしがとくに好きなのが、作品66の「19のノルウェー民謡」です。
この曲集についてはいずれ書いて載せますが、
今日はその曲集の最後(19曲目)に置かれた、「イェンディーネの子守唄 Gjendines baadnlaat」をめぐって、少し書きました。

「19のノルウェー民謡」は、1890年代にグリーグの親友フランツ・バイエル Frantz Beyer がノルウェー西部の山岳地帯で書き取った民謡をもとに、グリーグが作ったピアノ曲集ですが、
このうち最後の1曲、「イェンディーネの子守唄」は、グリーグ自身が採譜をしたと言われています。
伝記などの資料によると(*1; *2; *3)、1891年の夏、グリーグはバイエルやオランダの作曲家ユリウス・レントヘン Julius Roentgen(*4) ら友人とともに、ヨトゥンヘイム地方を旅行しています。
そのとき泊まった山小屋で、そこの主人の子どもの守りをしていた19歳の娘さん、イェンディーネ・スローリエン Gjendine Slaalien の唄う子守唄に、一同魅了されたのだそうです。
その子守唄は、イェンディーネが自分のお母さん(お祖母さんと書いてある資料もある)から教わったもので、イェンディーネはグリーグ一行と出会ったとき、子どもを胸に抱いて子守唄を唄っていて、
レントヘンによると、その唄はリズミカルで、また自然な唄いで、とても美しかったそうです。
イェンディーネはその子守唄のほかにもいろいろ唄を知っていて、グリーグとバイエルはたびたびヨトゥンヘイムを訪れては、イェンディーネに唄を唄ってもらい、それを採譜したとのことです。

グリーグがこの唄にとてもひかれていたのは、以前から伝記で知っていたのですが、
何年か前、
その唄を唄っていたイェンディーネさんがその後1972年まで御存命で、
ベルゲン音楽祭でその子守唄をお唄いになった、という話を、どこかで読みました。
それで、ひょっとしてその時の録音が残ってないだろうか?残っているのなら、ぜひ聴いてみたい、と、思い始めました。
思っても、しかし調べるあてもなく、
ただ、前回の記事に書きましたNHKの「日本民謡大観」のように、ノルウェーでもNRK(Norsk Rikskringkasting: ノルウェー放送協会)が民謡を収集していた、というのを知っていたので、
そのころ海外向けに英語で短波放送をしていたNRKに、問い合わせてみるかな、どうしようかな...と思ったのですが、
NRKが英語放送をやめてしまって、
尋ねずじまいになっていました。

イェンディーネさん御自身が唄っているのではないですが、
「19のノルウェー民謡」のうち13曲を、
原曲の唄と、ピアノ曲とで収録したCD(*2) があり、
それで「イェンディーネの子守唄」がどんな唄かは聴くことができます。
ここで唄を唄っている Reidun Horvei さんは、クラシカル声楽のほか、ノルウェーの伝統的歌唱法 kveding の訓練もなさったソプラノ歌手で、
すばらしい唄声です。
このCDはレコード雑誌にも紹介されたことがあり、北欧音楽ファンの方にはお持ちの方もおられるのでは、と思います。
(Reidun Horvei さんのホームページ: http://hardanger.museum.no/horvei/eindex.html

ただ、
別のCDで、「イェンディーネの子守唄」という同じタイトルながら、歌詞がかなりちがった唄が入っているものもあり、
イェンディーネさん御自身は、どんなふうに唄ってらっしゃったのだろう...と、
それを聴きたい気持ちはずっとありました。

それが、このサイトを始めてしばらくたって、
あるとき、イェンディーネの子守唄のことを取り上げたいな、と思って、下調べにとGjendineで検索をかけたら、
ノルウェーのレコード会社GrappaがNRKと共同で制作したノルウェー民俗音楽のCD集の中に、
イェンディーネさん御自身の唄が入っているとおぼしきCDがあるのを見つけました。
これは!と、近くのCD屋さんに注文を出して、
さきごろ、手に入りました(*5)。
1951年の録音ということなので、イェンディーネさんが79歳ころの唄、ということになります。

そして聴いたイェンディーネさんの唄声は、
まさに、おばあちゃんの子守唄、でした。
Reidun Horvei さんの、遥か山々にまで届くような歌声、ではなく、
村のおばあちゃんが孫を抱いて、つぶやくように唄う唄声。
声そのものは、わたしの聴くところではとてもきれいで、
昔、若かったころはあるいはまったくちがった唄い方だったのでは...と考える余地はあると思うのですが、
それでも、民謡歌手のみごとな唄、ではなく、世界のいろいろな地域で収録された現地録音CDの、そこにすむ御年寄りの方々が唄ってらっしゃる、村の唄。そういう感じのほうが近いです。
テンポもかなり速く、グリーグがピアノ曲版に付けた速度記号Allegretto がぴったりします。

わたしは、そういう、ある意味で民謡らしい民謡を、じかに聞いたのは、
祖母の背中で聞いた江戸子守唄だけです。
でも、その祖母の子守唄が、
ときどき、ふと、心によみがえってくることがあります。
祖母の声で。

イェンディーネさんの唄う子守唄は、わたしには、
わたしの祖母が唄った唄のように、聞こえます。


「イェンディーネの子守唄」の、原曲の歌詞と採譜譜面を載せてみました(出典:資料*1, p.336) 。
資料には1番の歌詞しか載っておらず、2番の歌詞が載った資料はいまのところ見つけていません。
なので、2番については、わたしがCDから聴き取ったものを、ためしに載せてみました。ノルウェー語はわたしにはあいかわらず難しいので、これが正しいと言う自信はありません。こんな感じでは、といった参考までです。
どなたかこの唄を御存じの方、御教示いただけるとありがたいです。



*1: Edvard Grieg : the man and the artist / by Finn Benestad and Dag Schjelderup-Ebbe
(translated by William H. Halverson and Leland B. Sateren); Lincoln : University of Nebraska Press, 1988

*2: (Music CD) Norwegian folk songs and peasant dances from op.66 and op.72. (Geir Botnen, piano; Knut Hamre, Hardanger fiddle; Reidun Horvei, song) SIMAX (Norway) PSC1102. Notes by Carl O Gram Gjesdal.

*3: http://www.etojm.com/Norsk/Turer/Jotunheimenogvaldres/Jotunheimenpersonligheter.htm#Gjendine
イェンディーネさんの略伝と写真があります(ノルウェー語)。
ドイツ語ではこちら: http://www.etojm.com/Tysk/Wandern/Jotunheimenogvaldres/Jotunheimen.shtml

*4: わたしはオランダ語がわからないので、原音表記ができません。

*5: (Music CD) Folkemusikk fraa Oppland. (Norsk Folkemusikk, 5). Grappa (Norway) GRCD4065. Notes by Rasmus Stauri.
2001年09月25日


 

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記事作成:さんちろく