遠い遠い夢の世界... 自由帳 2015年〜2016年 |
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2016年12月18日 | その後の状況 |
「憾」コーナーの改訂版を、あまり遠くないうちに載せることができそうだ、と前回書きましたが、その後機器不調が激しくなり、現在ほとんど編集作業ができない状態が続いています。機器を新調する余裕がなく、「憾」コーナーを含め、このサイトの更新に関して何かをお約束できる状況にありません。すみません。 *** |
2016年11月17日 | 現在の状況 |
「憾」コーナーの改訂版を制作中です。あまり大きな組み替えはせず、おおよそ現在の論の流れを踏まえながら進めています。あまり遠くないうちに載せることができそうです。 使っている機器の不調でウェブサイトの更新が少し難しくなっていて、「憾」コーナーの改訂版を載せた後の更新予定はいまのところありません。 なお、ロビーでピアノを弾いたり公園でオカリナを吹いたりといった話は、最近はツイッターに書いています。ウェブ検索で「どら梅 ツイッター」で検索していただければ読めると思います。音楽だけでなく木々や草花のことなども書いていますのでご了解ください。 *** |
2016年8月24日 | 瀧さんの御誕生日 |
いま多忙で、瀧さん関連のことが何もできていません。また、事情があって自分のウェブサイト全般の更新が滞っています。すみませんが当分のあいだは現在のような無更新の状態が続くと思います。9月のグリーグさん命日にも何も更新できないかもしれません。ご了解ください。 *** |
2016年6月29日 | 瀧さんの命日 |
今年は作品を弾いたり聴いたりするかわりに「憾」ページ原稿作成をしています。身辺のいろいろな事情もあって、早く仕上げたい、しかし検討は尽くしたい、などと右往左往している状態です。やはりもうしばらくかかりそうです。 *** |
2016年6月15日 | グリーグさん御誕生日 |
この数年は御誕生日に何か特別なことをするということなく過ごしていますが、今日は少しだけピアノを弾きました。抒情小曲集の中で苦手にしている曲をときどき思い立って練習するのですが、最近は第7集の「小川」を練習しています。練習すればやはり指が動くようになるもので、いまはだんだん軽くなってきた指を丁寧に動かして音を水のように響かせることを心掛けています。 *** |
2016年6月6日 | 現況 |
「憾」コーナーの改訂、3楽譜の比較対照表を作っているときに気付いた点についてもう少し考えています。特段のことがなければ、あと数か月のうちには新版を掲載できると思います。 本文改訂とは別に、「憾」の最初のページをほんの少しだけ書き直しました。内容の大きな変更はありません。 夏のピアノリレーマラソン、今年は申し込むことができました。先ごろ演奏曲目を届け出ました。いま好んで聴いたり弾いたりしている曲です。これまでは曲を選んだ理由や練習経過などをここで書いていましたが、今年は参加報告を書くだけにしようと思います。 ***(この欄6月7日に書き直しました) |
2016年1月28日 | 「憾」楽譜比較対照表そのほか |
「憾」コーナーの改訂新版はまだだいぶ先になりそうです。できればこの機会に「メヌエット」自筆譜と出版譜の食い違いの件も前面に出したいと思っていて、どう書いたらいいかわからないでいます。 その前に、「憾」の1903年手稿譜・『音樂』刊行譜・昭和4年出版譜の相違点を比較対照する表ができましたので、それだけ掲載しました。ひとまず、ページ3からリンクで飛べるようにしてあります。この表を作っていてあらたに気付いた相違点がいくつかあり、それらについて「憾」コーナーのページ2・ページ3の該当箇所を少しだけ書き直しました。そこから考え始めたこともいくつかありますが、それは新版のほうで活かしたいと思います。 また、次のようなものを作ってみました。コーナーで使うかどうかはまだ決めていません。 (削除しました。2017年5月30日) *** |
2016年1月20日 | 「憾」コーナーの訂正・一部改訂について |
「憾」コーナーの改訂を進めていますが、その作業の中で「憾」の楽譜を読み返していて、自分の書いたことに間違いがあったのに気付きました(各楽譜間の相違点について2点)。とり急ぎ、ページ2とページ3を修正・訂正して文面を一部改訂しました。くわしくはページ3の該当部分に説明を書きました。間違ったことを書いてしまい、申し訳ございませんでした。おわび申し上げます。なお、これに関連して、すでに刊行されている「憾」各社楽譜において新たに問題点を見い出したということはありません。 ※ この件に関する編集とアップロードを1月20日夜に数回おこないました。1月20日夜にごらんいただいた場合、その後の編集でさらに新しくなっているかもしれませんので、すみませんがご注意ください。 |
2016年1月16日 | 進行状況 |
「憾」コーナーの改訂、手元で少しずつ進めています。大幅に書き直すのが思っていた以上に難しそうで、現在の版を旧版として残した上で、細かい議論を省くなどして分量を少し軽くした新版を作ろうと思います。また、「憾」楽譜(1903年の手稿譜・『音樂』刊行譜・昭和4年出版譜)の相違点を総覧できる表を作成中で、それも載せるつもりです。 「ドクタードクター」の手稿譜については、前に書いたようにその譜面が以前テレビ番組で映し出されただけでその後公開されていず、譜面をもとにして広く議論をすることが現状難しいので、踏み込んだ考察は当面載せないと思います。ただ、過去にそういう譜面がテレビに出た、ということは事実として誰かが書いておく必要があると考えていて、現在のページ6の内容は残すつもりです。いつか状況が変わって、「憾」に関心を寄せる方々が「ドクター」手稿譜や1903年手稿譜(のさらに高精度なコピー)を参照することができるようになり、瀧が「憾」をどのように育てていったか、何を目指していたのか、議論を深めながら「憾」や瀧の音楽全般の理解が進んでいくような時代が来ることを願っています。 相違点の表は今月中には掲載したいです。新版はまだ時間が掛かると思います。もともと、なにか新しい情報があったり考察に進展があったりしたときだけ更新してきたコーナーで、これまでも更新はゆっくりでしたので、たまに思い出されたときにのぞいていただければ幸いです。 *** |
2016年1月7日 | 御訃報 |
インターネット上で、小長久子さんの御訃報を知りました。 「県民オペラの生みの親 小長久子さん死去」(大分合同新聞) https://www.oita-press.co.jp/1010000000/2016/01/03/225512428 報道記事では大分県民オペラの関連で御業績が述べられていますが、私は瀧廉太郎の研究者としてお名前を存じ上げています。瀧のそれまで知られていなかった作品を発見し、作曲時期の考証をされ、「瀧廉太郎 全曲集」を編纂して折々に新情報を組み入れた改訂版を出されるなど、とても重要なお仕事をなさっています。 瀧廉太郎作品に関心を持つようになってから小長さんの著作をしばしば読ませていただきました。「憾」コーナー記事を書くにあたってはそこで勉強させていただいたことがベースになっています。私は基本的に刊行・公開されている資料にあたって考察を進めていて、瀧の研究者の方々に直接お話を伺うということがほとんどないまま今に至っており、小長さんにもお目にかかることがないままでした。この場でお礼を申し上げつつ、ご冥福をお祈り申し上げます。 |
2016年1月7日 | 迎 春 |
皆様の本年の御多幸を心よりお祈り申し上げます *** |
2015年12月31日 | 今年もありがとうございました |
このごろのこと(2)をゆっくり書きたいと思っていましたが、今年もそれなりに気ぜわしくなり、ちょっと無理な感じです。 今年もステージやロビーでピアノを弾くことができ、日ごろも楽しむことができました。ステージでは「故郷」を演奏することができました。ロビーでは声を掛けていただくことが増え、こどもさんからリクエストをいただいたり、いっしょに弾いたりと、愉快な時間を過ごさせていただきました。シェルルフ生誕200年ということでシェルルフの音楽にもあらためて触れ直す機会になり、またシェルルフの作品のおかげでロビーで声を掛けていただいたりもしました(なにか心に響いていく魅力のようなものがあるみたいです)。オカリナも(公園で吹くことはやや少なくなってきましたが)どうにかコンスタントに続けることができ、作品作りのほうも自分なりにいくらか進めることができました。 聴くほうでは、CDやラジオも楽しむことができましたし、アマチュアイベントなどでさまざまな方々の演奏を聴くことができたのがとてもよかったです。まちのホールやロビーで、広く知られないでもすばらしい演奏がなされていて、そこに立ち会いその方の音楽を聴くことができるありがたさを、あらためて噛みしめています。 音楽以外のところでは個人的にいろいろ難しい年でしたが、どうにかやってこれたのは音楽に接し関わり続けていたからだろうと思います。音楽と、音楽をとおして出会った方々に、深く感謝いたします。 来年は、期間は決めていませんがここの「自由帳」に日常のことを書くのは少し休むつもりです。まったくの私事ですが(このサイトは基本的に私事なのですが)、生活上の立ち回りがあまりうまくいかなくなっていて、インターネット自体をどのくらい続けられるかも見通せません。もし余裕ができるような状況になれば、気に掛かっている「憾」コーナーの手入れなど、優先順位の高そうなほうから更新をしていきたいと思っています。 今年も御訪問くださりありがとうございました。2016年が皆様に佳い年でありますように願っております。 *** |
2015年12月23日 | このごろのこと(1) |
*** しばらく前に部屋を少しだけ整理してCDや楽譜を見つけた話を書きました。そのときにCDを整理し直して、ブダペスト弦楽四重奏団演奏のベートーヴェン後期弦楽四重奏曲を皮切りにいろいろCDを聴きました。手放そうと思っているものもあり、その内容確認も兼ねていますが、あらためて聴くとそのよさが(いくらか)わかってくるものもあって、なかなか難しいなと思っています。 スメタナの弦楽四重奏曲第2番も久しぶりに聴きました(スメタナ弦楽四重奏団の演奏)。この曲はずいぶん昔にNHKFMで聴いて好きになりました。それ以前は弦楽作品はほとんど聴いていなかったのですが(グリーグの作品以外)、このときに流れていたディーリアスのヴァイオリンソナタ第3番もとても好きになり、それ以降弦楽曲(室内楽曲)も聴くようになりました。 スメタナの弦楽四重奏曲は第1番が有名ですが、私は第2番に強く惹かれます。スメタナが晩年に耳が聞こえなくなり、さらに精神的にも病んで記憶が定かでなくなってきた時期の作品と聞いていて、形式的に破綻しているという話も聞きますが、でもこの曲の「書き込まれ」方はある意味凄まじいものがあると思います。それだけでなく楽想のすばらしさもあって、胸にくるというより全身全霊をつかまれるような感じもあります。あらためて聴いて、打たれ直しています。 そのほかには、フランスの現代作曲家トリスタン・ミュライユの「夕日の13の色彩」という作品や、フェデリコ・モンポウの『ひそやかな音楽』など、どちらかというと穏やかに音が経過していく音楽を聴いていました。モンポウはむかし楽譜も購入して持っていて、ときどき思い立っては取り出して何曲か弾いてみるのですが、自分の感覚とちょっとずれるところがあって(なんというか「粋」なところがあって)レパートリーになかなかなりません。いまもいくらかの距離を感じながら聴いているところです。 *** となり町の一般公募ピアノイベント「ピアノの祭」の出演者募集告知を見て、募集開始後の週末に応募に行こうと思っていたのですが、すでに定員に達して締め切られていました。 来年はステージには上がらずに自分の音楽を見つめ直したいという気持ちが若干あり、この機にそうしてみようかという気になっています。ロビーで弾くのは楽しいのでたまにロビーに出て、それ以外は静かに、どこかから聞こえてくるものを聴きながら自分の音をひとつひとつ鳴らしていくのを続けたいという気持ちです。 *** 瀧廉太郎「憾」コーナーで、いわゆる「ドクタードクター」の書き込みをめぐって考えたことを書いて載せていましたが、テレビ番組の私家録画から画像を引用するのがどうなのだろうと思い、載せていたページをサーバから引き取りました。 「ドクタードクター」の書き込みがある自筆譜はそのテレビ番組で画面に出た以降は公開されていず、その譜面をもとにして話や議論や考察をしたくても、その放送画面を知っている人でないと話ができず通じていかないわけで、多くの人が知恵を出し合うことができる状況にはないな…と認識しています。 ここの「憾」コーナーも、最近の都市伝説の絡みなどもあって、扱う話題を少し広げていましたが、このあたりで初心に帰って、「憾」1903年手稿譜とその後の出版譜との異同という元々の話題をもっとわかりやすく整理して書き直したいと思います。年内に着手できるかどうか…という感じですが、そういうふうにしてみます。 *** |
2015年11月11日 | 「空」の楽譜 |
部屋の整理をしていて、むかし買った楽譜や買った覚えがないCDがいろいろ出てきた。 出てきた楽譜の中に、佐藤敏直作曲の「天空によせる歌謡 〜2人のヴァイオリン奏者のために」(1980)という作品がある。この作品、ずいぶん以前にNHKFMの番組、たぶん「現代の音楽」だったと思うのだけれど、その放送で流れていて、とても強く印象に残った。タイトルのように2台のヴァイオリンが「歌う」作品なのだが、なにか空に向かって2人で祝祭の儀式を執り行い、そして踊っているような姿もあり、現代曲でもこうした表現があるのかという発見の喜びもあった。 後になって東京の楽譜店でたまたま楽譜を見つけ、あっこういう曲の楽譜も出版されて店頭に並んでいるんだ、と、驚いたというか感激したのだった。自分はヴァイオリンは弾かないけれど、ぜひ楽譜を持っていたいと思い、さいわいそう高額でなかったので購入した。 こどもの頃から曲作りを楽しんでいたこと、またこどもの頃はピアノ曲でなくオーケストラ作品を聴くのが好きだったこともあって、オーケストラスコアなど自分が演奏しない楽器の楽譜を読む勉強を少しだけしていた。管弦楽法をきちんと勉強したわけではないのでスコアから音の響きを「再生」するのはあまりうまくないが、それでも楽譜を「読む」のは好きだ。CDやエアチェックテープを持っていてもその音楽を「手にしている」感覚は薄いのだけれど、楽譜を持っていると、「これが『作品』だ」という感覚に浸ることができる。楽譜を読んでいくと、演奏者を介すのでなく自分なりにその「作品」を味わうことができるのもうれしい。 先日、福岡で開かれた古楽祭のおりに、会場で出展なさっていた海外出版社のブースで、表紙に日本人の名前がある楽譜が並んでいるのを見かけた。その日は少し気になっただけで帰ったのだけれど、帰ってからどうしても気になるので翌日またブースに立ち寄って、その楽譜を買い求めた。Toshiyuki Bamba(番場俊之)作曲の"the sky in those days... for four violins"(あの頃の空... 4台のヴァイオリンのために)という作品。2012年の作曲とのこと。同じブースに同じ方の別の作品もあり、そちらはいわゆる現代的な書法で書かれているのが譜面からわかったのだが(そちらも関心があったのだが)、こちらの作品は見るからに響きが穏やかで、家でゆっくり譜面を読んでいると気持ちがあらたまってくる。まったくの勘だけで購入したのだけれど、買ってよかったと思う。 出版社の方は日本が御出身の方で、ドイツで個人出版を営んでおられるとのことで、ぜひ演奏してくださいとおっしゃっていただいたのだが、御期待に添えられそうもなく申し訳ない。いつか、つてのつてを当たってみたいと思う。 で、今度「天空によせる歌謡」の楽譜が出てきて、そういえばどちらも「空」だったと思い至った。自分も素人ながら「空」絡みの作品をいくつか作っていて、やっぱりなにか「空」に音楽的に惹かれるところがあるような気がしている。そんなふうだと、「空」にちなんだ音楽作品にも自然と惹かれるところがあるのかもしれない。 この秋はこちらでは比較的よく晴れている。秋空の下、楽譜を通してそれぞれの作品の「空」を思い浮かべてみたい。 *** |
2015年10月20日 | はつらつピアノコンサート(第2信) |
志免町の総合福祉施設シーメイトで開催された「はつらつピアノコンサート」から数日経過して、たちまち日々の事々に追われるこの頃です。感想はゆっくり書くつもりでしたが、いまのうちに書いておこうと思います。この「自由帳」の方針でおひとりおひとりの方々の演奏にはあまり触れずに全般的な印象などを書きます。 「はつらつピアノコンサート」は今年で10回目になるとのことで、高校生以上の年齢の方から出演者を募るというコンセプトの一般参加ロビーコンサートです。参加される方々の多くが以前からシーメイトを利用しておられる御様子の比較的小規模なイベントで、多人数が参加されるピアノイベントよりもアットホームな雰囲気があり、出演されるおひとりおひとりのお人柄が垣間見える感じです。昨年出演できなかった常連の方々が今回御出演されたとのことで、13組の演奏になりました。 昨年も感じたのですが、それぞれの方のピアノや音楽にかける熱意がはっきり伝わってきて、たいへん密度の濃い演奏会でした。技術的にもとても優れたすばらしい演奏も聴くことができましたし、ミスがあってもその向こうからその方の「音楽」がたしかに聞こえてきて、時間の中で「だれる」ということがとにかく皆無でした。 今年は特に、その方その方の思いが強く感じられる演奏がたくさんありました。私はピアノのすぐ隣に待機していたのですが、聴いていて感極まる瞬間が何度かあり、演奏されている方にわからないように込み上がるものを抑えながら音楽を味わわせていただきました。ふつうのコンサート会場ではここまでの体験はなかなかありません。また若い方々の輝度の高い演奏に文字どおり「かぶりつき」で接することができたのもとても貴重な体験でした。 私はシェルルフの「即興曲ヘ長調HK98 (op.12 no.6)」と「子守唄HK248」を弾きました(HK番号は全集版で採用されているシェルルフ作品の整理番号です)。録音を聴き返すと「子守唄」の音の粒がきれいに出ていなかったなどいろいろ反省点がありますが、そのときの自分にできるだけのことはしたような気がしています(それ以上は無理でした…)。どちらの曲もとても好きな曲で、弾いていてその時間が穏やかに幸せに感じられる曲で、この日もいい響きのピアノでいい時間を過ごすことができました。 スタッフの方々も親身にしてくださり、出演者の方々とも楽しく話ができて、今年も参加できてよかったとあらためて思います。ありがとうございました。 追記:シェルルフ「即興曲」「子守唄」のmp3音ファイルを載せておきます。コンサート前日に会場のロビーピアノで自分で弾いたものです。MDで簡易マイクで録音したので、音質はご容赦ください。 即興曲(3分弱、4.0MB) 子守唄(2分弱、2.5MB) *** |
2015年10月18日 | はつらつピアノコンサート(とりいそぎ第1信) |
志免町の「はつらつピアノコンサート」に参加してきました。昨年も聴きごたえのあるコンサートだったですが、今年は出演される方も多く(昨年ご都合で出演できなかった方々が戻ってこられたそうです)、たいへん充実した演奏会でした。 感銘を受けたことがたくさんあってすぐに言葉にならない感じです。少し経ってから感想を書きたいと思います。 会場でシェルルフ作品の楽譜についてご質問いただきました。その場でさっと楽譜を取り出してご覧いただいていたらよかったのですが、申し訳ございませんでした。 「即興曲ヘ長調」は下の記事に書いたようにSchirmerの版がIMSLPで入手できます(けっこう昔の版ですが楽譜として悪いところはないように思います)。「子守唄」のほうは私は全集版以外の楽譜を知りません…。全集版については自由帳の過去記事に書いております(こちら)。12年ほど前の記事なのでいまは状況が変わっているかもしれませんが、ご参照ください。★ 追記:出版元のホームページに載っていました→こちらです。(ノルウェー語です。注文ページなのでボタン類はむやみに押さないように気を付けてください) 今回演奏した上の2曲はこの次の記事を載せるときに音ファイルを掲載したいと思っています。「即興曲ヘ長調」はたぶんNAXOSのミュージックライブラリーでアイナル・ステーン=ノックレベルグの演奏が聴けるのではないかと思います。 とりいそぎ今日はここまでで。くわしくはまた書きます。 *** |
2015年10月7日 | 近況:シェルルフの曲を弾きます(追記あり) |
昨年参加させていただいた志免町の一般参加ロビーコンサート「はつらつピアノコンサート」に今年も参加させていただくことにしました。小規模ながら参加される方々の熱意があふれるコンサートで、今年も聴きごたえがあるのではと思っています。私は今年生誕200年のハルフダン・シェルルフの小品を2曲演奏します(正味5分弱)。志免町の総合福祉施設シーメイト(竪坑の隣です)にて、10月18日(日)13:30〜。全体で約1時間ほどと伺っています。無料で、ロビーなので立ち寄り自由です。 シーメイトのロビーピアノはこのコンサート以外でも弾くことができて、最近たまに弾かせていただいていますが、(つたない演奏なのに)どなたかがじっと聴いてくださることが多くて、ありがたいかぎりです。 「はつらつピアノコンサート」で演奏を予定している2曲のうちの1曲は「即興曲ヘ長調」です。この曲は出だしのパッセージがちょっとドビュッシーの「アラベスク第1番」の出だしに似ていて、しかもその音型が「アラベスク」と同じようにリフレインとして曲中に繰り返し登場してきますが、作曲されたのはシェルルフの「即興曲」のほうが先です(1863年に出版)。 楽譜は、むかし自由帳に書いたことがあるMusikk-Husetシェルルフ全集版を使うつもりですが、著作権フリーの楽譜サイトIMSLPに置いてあるこの曲のSchirmer版の楽譜(op.12 no.6)といくつか違う箇所があり、Schirmer版のほうが妥当に思える箇所もあって、どちらにどのように従うか少し考えないとと思っています。 ※ オカリナの話を削りました。また近いうちにあらためて書きます。 *** 追記(10月9日) 演奏予定のもう1曲はシェルルフ編曲『ノルウェー民謡』から第7番b「子守唄 Baadn-Laat」です。シェルルフの『ノルウェー民謡』は全部で(バリエーション含めて)42曲の民謡をピアノ曲に編曲したもので、楽譜には歌詞が添えられています。 歌詞はノルウェー語ですが地方語(方言)で、辞書を引いてもあらかたしかわかりません。第7番bの「子守唄」は楽譜によるとヴァルドレス地方の歌とのことです。その歌詞をネットで調べていて次のページを見つけたので、載せておきます。歌詞の意味が英語で載っていて、とても助かりました。歌声もmp3で聴くことができます。きっといまでもノルウェーで歌われている「懐かしの子守唄」なのでしょう。 Baad'n laat - Bissam bissam baad'ne - Norwegian Children's Songs - Norway - Mama Lisa's World: Children's Songs and Rhymes from Around the World http://www.mamalisa.com/?t=es&p=3882 私があるお店の店内にいたときのことですが、どこかで聴いたような曲が、それも自分が弾いているような曲が流れてきて、何だろうと思って聴いていたら、この「子守唄」だったと思い出した、ということがありました。どなたかがこの曲を弾くのを聴いたことがまったくなかったので、とても不思議な感覚になりました。 そのとき流れたのはたぶん、アイナル・ステーン=ノックレベルグの演奏したSIMAXレーベルのシェルルフピアノ作品全集からではなかったろうかと思います(他にこの曲の録音を知りません。私はこれは持っていません)が、BGMとしてはとてもマニアックな選曲だったように思います。 なお、シェルルフには他にオリジナルのピアノ曲である「子守歌」が2曲あり(原題は"Vuggevise"と"Berceuse")、どちらもシェルルフ作品としては有名な曲のようで、とても美しい作品です。 *** |
2015年9月28日 | テレビを見逃す |
テレビ番組の予告編で瀧廉太郎の写真がちらっと映り、瀧廉太郎について番組で取り上げられるのかなと思い、ビデオをセットしていたのですが、機器の不調でまったく録画できていませんでした…。いま自分の「憾」ページへのアクセスが爆発的に伸びていて、たぶん「憾」が取り上げられたのではと思うのですが、内容がちょっと見当が付かない状態です。番組でははかせさんの解説があったようなので、きちんとした内容だったのではと思っています…。 「憾」は力ある楽曲で、自分もその力に感化された者のひとりではありますが、ページの上ではなるべく落ち着いて、知られている事実を踏まえながら考えを積み重ねていけたらと思っています。またそのうち何かわかったり考え付いたりしたことがあれば書き足します。 *** |
2015年9月14日 | ハルフダン・シェルルフ生誕200年(その2) |
3月9日の自由帳(このページ下方)に、ノルウェーの作曲家ハルフダン・シェルルフが今年生誕200年という話を書いた。そこに書いたように、シェルルフの誕生日が資料によってけっこう違っていて、9月1日だったり15日だったり17日だったりするのだが、いずれにしても9月が誕生月なのだろうと思う。 ウェブ検索してみると、ノルウェーでは今年の生誕200年を記念する行事がいくらか行われている様子がある。きっとシェルルフの作品がいろいろ聴けるのだろうなと思うと、遠く耳をそばだててみたい気持ちになる。 今年はシェルルフの作品を弾きたいと思いつつ、あまりレパートリーを増やせていない。むかしCDだけ持っていて楽譜を持っていなかった頃に、「即興曲 Impromptu ヘ長調(HK98)」などいくつかの曲をCDを鳴らしながら採譜したことがあり、その「即興曲」ともう1つ「即興曲変ホ長調(HK36)」は今年おさらいをして弾けるようになった(シェルルフのピアノ作品で「即興曲」というタイトルのものは3曲ある)。またノルウェー民謡編曲集の第7曲「子守唄」も以前から好きで、おりおり弾いている。今年に入って「スケルツォホ長調(HK109)」に取り組んでみたが、まだ弾けるようになっていない。 今年はステージに立つ予定がもうなく、ロビーでシェルルフの作品を弾いている。福岡初演だろうな…などと思いつつ。先日は「即興曲ヘ長調」を弾いたが、その間じゅう、こどもさんが後ろで聴いてくれていたようで、曲が終わって(自分にとってはめずらしく)拍手をいただいて嬉しかった。この曲を弾き出すとロビーの雰囲気がちょっと変わるのが感じられる。あっ音楽を演奏しているな、という、視線と言うか「聴線」みたいなものがこちらに向けられるのを感じる。それだけにこちらの緊張もあるのだけれど、曲そのものがその緊張をゆるやかに解いてくれる。 ロビーにもそうたびたび出向いているわけではなく、今年あと何回かぐらいだと思う。たいしたお祝いにならないけれど、この機会を楽しんで弾きたい。 *** |
2015年8月23日 | ピアノリレーマラソン2015 |
先週、一般参加型のピアノイベント、ピアノリレーマラソンを聴いてきました。今年も自分は客席での「参加」となりました。むかしは全時間(トイレ休憩除く)聴こうと心掛けていましたが、最近はさすがに体がつらく、後半の比較的年齢層が高い時間帯を中心に聴くことが多かったです。が、今年はいつもより少し早めに客席に入り、のべ5時間半ほど聴きました。こどもたちの演奏をひさしぶりに聴いて気分も若くなりました(気分)。毎年お目にかかる方々の演奏も拝聴できてうれしかったです。また、何十年ぶりかでピアノを再開したとおっしゃる方のステージに立ち会うことができたのもこのイベントならではのことで、自分も貴重な時間を過ごさせていただきました。 いい刺激になりました…と書くところですが、自分はだんだん客席に慣れてきた感じがあります…。考えてみるとこのイベントを知った第1回は客席で楽しんだのでした。弾く以上に聴くのが楽しみだったので、あんがい「初心」に帰っているのかもしれません。そう言えば、今年は客席で、出演なさる方の関係者の方ではなさそうな方々がそこそこいらっしゃった様子でした。そのような感じでいろんな方々が来場されるとこのイベントの「良さ」がさらにふくらみそうな気がします。来年はどういう「参加」ができるかまだわかりませんが、できれば来年も楽しみたいと思っています。 ところで明日8月24日は瀧廉太郎さんのお誕生日です。明日はちょっとページ更新できないと思いますが、心でお祝いしたいと思います。 *** |
2015年8月16日 | とりいそぎピアノリレーマラソン |
毎年恒例のピアノリレーマラソンを聞いてきました。今年はいつもより早い時間帯から客席に入って、のべ5時間半ほどピアノの演奏を満喫させていただきました。御出演の皆様、おつかれさまでした。また近々に感想など書きたいと思います。 *** |
2015年6月30日 | 瀧廉太郎「都市伝説」に少しばかり思う。そして。(追記あり) |
瀧廉太郎にまつわるいわゆる「都市伝説」のお話について書いたものをいったんサイトに上げたのですが、それを引き取って、「憾」のトップページにちょっとばかり事実関係を書いて載せるだけにしました。 「都市伝説」が放送されたのはけっこう前のことなのですが、その後はネットでお話が出回っていて、私のサイトへのアクセスもいまでもかなり多く(ちょっとびっくりするぐらい)あるようです。「憾」のコーナーのほうで書いたように、その出回っているお話は伝記資料にある事実関係と食い違いがあり、そのため私としては却下済みの「お話」です。ただ、その事実関係の食い違いを指摘した文章がネット上にあるのかよくわからず(まだ見つけていません)、もしないのなら誰かが書いておいたほうがいいのでは…とは思い、今回載せてみました。 いま世間に出回るイメージで「憾」が多くの方におどろおどろしがられる(そしておもしろがられて終わる)そのかたわらで、そのイメージってほんとうか?と誰かが立ち止まることも大事だと思っています。この機会を通してでも、「憾」や瀧の作品が知られて、その姿に実直に向かっていく方が何人かでもあらわれるようになったらいいなと思っています。 ところで今日6月30日は、その話題になっている瀧作曲の『幼稚園唱歌』「雪やこんこん」「鳩ぽっぽ」を作詞した東くめ(1877-1969)さんの御誕生日だそうです。 「都市伝説」のお話の導入に語られている、これらの歌と文部省唱歌「雪」「鳩」の類似の問題は、現代的な言い方と視点で言えば、(瀧というよりは)東くめさんの著作権に関わる問題が大きそうです(検索したらちょうどこんな記事が出たばかりのようです:産経ニュース【関西の議論】「♪ぽっぽっぽ 鳩ぽっぽ」に原曲があった?“本家本元”の曲をミュージックチャイムに http://www.sankei.com/west/print/150514/wst1505140003-c.html)。この時期にはいろいろな人が唱歌の制作に取り組んでいて、そうして生まれた唱歌と文部省唱歌との内容関係はそれはそれとして研究され考察される意義がありそうに思います(たぶんすでに論考があるのではないかと思いますが)。 ということで今日は『幼稚園唱歌』の譜面を見ながら東&瀧の「鳩ぽっぽ」を楽しもうと思います。 *** 追記(7月2日) 検索して回っていて、「憾」の明治35年10月自筆譜(「知ってるつもり?」画像)にあるいわゆるドクター書き込みについてのコメントを見かけました。これについては自説がひとつあるのですが、根拠があるわけではないので、まだ書いて載せていません。ただ、この自筆譜を書いていた当時、瀧が自作の曲をかなりのペースで立て続けに譜に書いていた(これは資料から読み取ることができます)ことも、そのように考えると理解できるかなという感じがあります。なにかそういった話を書くとよさそうな流れになったら、そのときには書こうかとも考えています。 |
2015年6月29日 | 瀧廉太郎さんの命日 |
1903年の6月29日に亡くなられたということで、今年が113回忌になるそうです。 オカリナとピアノで「メヌエット」(原典版)を吹き弾きしたりしました。 「憾」に関してネット検索してみると、やっぱり例の都市伝説の影響が大きいようです。それをめぐってちょっと書いたものがあり、「憾」コーナーに載せようかどうしようか考えてこれまで載せずに(やり過ごそうと)思ってきたのですが、瀧さんを偲んで、「憾」コーナーの「番外編」として載せてみることにしました。いま最終調整をしています。この夜のうちにはなんとか掲載できるのではと思います。 *** |
2015年6月16日 | ページの一部改訂について |
以前から気になっていたのを手を付けずにいたのですが、むかし「グリーグ作品随感随想。」の中のいくつかの記事で、グリーグの後年の住まいとその土地を表す名称Troldhaugenを「トロルハウエン」と書いたことがあり、それを「トロルハウゲン」に改訂しました。 「トロルハウエン」という表記は、むかし書いた記事でも少し触れていますが、記事を書いた当時ノルウェーのある公的機関のウェブサイトにその日本語表記が書かれていて、それをもとに書いたものです。その後だいぶたって、Troldhaugenのグリーグ博物館に問い合わせをする機会があり、その際にうかがった発音は「トロルハウゲン」と聞こえました。 日本では一般に「トロルハウゲン」または「トロールハウゲン」(もしくは「トロルドハウゲン」)と書かれています。それでひとまず私のサイトでも「トロルハウゲン」のほうに統一することにして、むかしの記事に書き直し(または追記)をしました。 御迷惑をお掛けしたことがあったかもしれませんが、上の事情を汲んでいただけたらと思っております。書き直すのが遅くなったことを申し訳なく思っています。 それから、一般に「トロルハウゲンの婚礼の日」として知られているグリーグの曲のタイトルのことですが、むかしの記事で私は「婚礼の日」の部分を「結婚記念日」と訳し直して書いている箇所があります。これも気になっているのですが、今回そのままにしました。「婚礼の日」という訳はタイトル自体の訳としてはおかしくないのですが(原語には「結婚式の日」と「結婚記念日」のどちらの意味もあって区別がつかない)、伝記やグリーグに関する資料によると現在この曲は「婚礼の日」というよりは結婚記念日のお祝いのイメージから作られたものだと考えられていて、個人的には、タイトルが「婚礼の日」だと曲の解釈がもともとのイメージと違う方向へ逸れていってしまうのではと考えています。 ただ、「トロルハウゲンの結婚記念日」というタイトルはどうも座りが悪く感じるのもたしかで(過去に私は「トロルの丘の結婚記念日」という訳を書いたこともあり、それにはそれなりの考えがあったのですが、定訳から遠く離れ過ぎていまでもその判断が適切だったのかとても悩んでいます)、なにかよりよい訳が模索される必要があるのでは…と感じています。いま出典が定かでないですが、「祝婚の日」という訳を見たことがあり、それがいくらかよいようにも思います。しかし慣用される一定のタイトルのよさというものもあるとは感じていて、最近自分が書くときには通じやすさを考えて「トロルハウゲンの婚礼の日」というふつうのタイトルを書くことが多いです。 この件に関しても自分の書いたことが御迷惑をお掛けしたことがあったのではないかと気に病んでいるのですが、こちらについては正直なところ「まちがったことまではしていない」という気持ちもあり、それぞれの方々の受け止め方を自分も受け止めたいと思っています。気持ちが定まらず何もできなかったことをおわびします。 *** |
2015年6月15日 | 今日はグリーグさんの御誕生日です |
毎年なにかこの日にちなんでグリーグの作品を聴いたり弾いたりしてきましたが、今年はばたばたしないで淡々と今日の佳き日を送ります。 自作楽曲「鍵盤のための小品」の楽譜を掲載しました。載せるならもう少し「ふつう」な曲の楽譜がよかったのかもと思っていますが、こうした作品をしばらく手掛けていこうと考えています。 *** |
2015年4月28日 | 更新 |
オカリナ・ノートを追加しました。ウェブで見つけたオカリナのための作品(集)をほんの少しだけご紹介しています。ほかにもいろいろな作品(を載せているサイト)があるのですが、前々から知っていて個人的にとても好きな作品を今回は載せました。 自分でもオカリナ作品を作っていますが、むかし作ったものはオカリナの特性をあまり考慮せずに勢いで作ったために演奏がしづらかったり、曲想が単純すぎたりで、自分でもあまり吹いていません。最近になって取り組んでいるものがいくつかあり、いずれは公開できるようにしたいと思っています。 それから、公開していた自作のピアノ曲(2曲)の公開期限が2曲とも過ぎ、ページが削除されました。なので、いまは聴けないです。すみません。再アップロードするかどうかはまだ決めていません。 *** |
2015年4月14日 | 近況 |
シェルルフのピアノ作品をいくつか練習しています。夏のピアノリレーマラソンで弾けたらと思っていたのですが、出場者募集(先着順)が昨年から市内優先になり、今年は市外者の受付が始まった日に残りの枠が瞬く間に無くなったようで、今年も出場はできませんでした。先日は別のところのロビーピアノでシェルルフを弾きました。そういう形で無理なく生誕200年を楽しんでいくのがよさそうな気がしています。ピアノリレーマラソンのほうは客席で拝聴することにします。 オカリナでは、音楽をなさっている他の方とお手合わせをいただく機会がぽつぽつあるようになってきました。先日は、ピアノイベントでご一緒した先生の教室発表会でコーラスのバックをつとめさせていただきました。また、公園でギターの方とブルースを合わせてみたり(と言うには申し訳ないレベルなのですが)しました。 いっぽうで、山などで自分1人で吹く時間をきちんと持ちたいと思うようにもなりました。「自分の音楽」を保っていないと、音楽に向かう気持ちがいささか粗くなってくるようです。先日は公園から近くの山に場所を変えて吹いてきました。曲を吹き終えるとウグイスが鳴き始め、長い曲は鳥の唄を抑え込んでしまうのかなと、ちょっと考えているところです。 このごろは30年来使っているオカリナをメインにしています。オカリナ・ノートなどのページで「音が大きすぎる」と何度か書いた銘柄のオカリナですが、音を抑えて吹くことができるようになってきて、そうすると耳のほうもしだいに慣れてきたようです。音色もだんだんといい感じに思えてきました。 とはいえ、他の方と合わせる際に所定のピッチを出そうとするとやはり強く吹く必要があり(小細工すればある程度対応できますが面倒になります)、自分自身はそもそも大きな音を鳴らす必要性をあまり感じないので、買い換えを検討していくつかのお店で店頭在庫を試奏させていただいたのですが、これまでのところは自分のがいちばんよいように感じます。当面はいまの楽器をより深く使いこなすようにしていきたいと思います。 桜の季節が過ぎてゆきます。今年は見て回ることをあまりしませんでした。自分の「桜」もあまり弾きませんでした。5月にホールのピアノを借りることができる企画があるので、そこで(そこも定員に達していなければ)もういちど録音にチャレンジして、そのあとは「桜」をしばらく眠らせようと思っています。来年の春に花開くしあわせを願いながら、土の中でゆっくり待っていようと思います。 *** |
2015年3月9日 | 今年はハルフダン・シェルルフ生誕200年 |
このあいだCDのパッケージを見ていて気付いたのだが、今年2015年はノルウェーの作曲家ハルフダン・シェルルフ Halfdan Kjerulf(1815-1868)の生誕200年にあたる。誕生日が資料によっていろいろ違うのだが、どうも9月らしい。 シェルルフについてはたまにここで書くことがあったけれど、ウェブ検索しても日本語で書かれたものがわずかしか見当たらないので、シェルルフをめぐってまとまりなくいろいろ書いてみようと思う。 シェルルフを知ったのはまったくたまたまで、もう20年くらい前、CDショップのワゴンセールでシェルルフのピアノ曲と男声合唱曲が収録されているCDを見たのだった。NKFというノルウェーのクラシック作曲家を紹介するレーベルで、そのレーベルから出ているのでノルウェーの人だということはわかったのだが、作風などはまったく知らず、ただグリーグよりも年長なことと作品名にノルウェー民謡の名前が並んでいたことから、ちょっと興味を引かれてCDを購入した。これがとてもよかった。1曲目のピアノ曲「牧歌」からすっかり惹き込まれてしまった。 「牧歌 Idyl」は冒頭に清冽なアルペジオが鳴るイ長調の爽やかな曲で、演奏のヤン・ヘンリク・カイセル Jan Henrik Kayser のタッチが曲の鮮やかさを引き立てていて、とても強い印象を受けた。収録されていたピアノ曲は一言で言うとロマンティックなキャラクターピースだが、どれも清清しい筆致で、響きが美しく、(こういうキャッチフレーズを使わないようにしているのだがほんとうに)「北の抒情」を感じさせる音楽だった。またノルウェーの民俗舞曲や民謡を題材にした曲も入っていて、グリーグよりも早い時代にノルウェーにそうしたピアノ作品が生まれていたのを知り、興味深く思った。男声合唱曲は端正で豪快で、ノルウェーで長く培われてきたという合唱の伝統を感じさせる作品・演奏だった(…あまり親しんでいない分野なので上滑りなことを書いた)。 その1年ほど後に、やはりCDショップの店頭で、今度はシェルルフのピアノ曲を特集したCDが新着の棚にあるのを見た。やはりノルウェーのレーベルであるVNPから出たもので、一目見て即決購入した。演奏は以前に演奏をラジオで聴いて好きになっていたアウドゥン・カイセル Audun Kayser で(このCDで初めて正確な名前を知った)、通して聴いて、ほんとうにいい買い物をしたと思った。おりおり聴き返している。 なのでかれこれ20年ほどシェルルフの音楽をたのしんでいる。聴いたり弾いたりするごとに気持ちが落ち着きあらたまる感じがする。昔なじみの、ということもあるけれど、シェルルフの音楽がそのような穏やかさを基調とした音楽となっていることもきっとあると思う。 シェルルフは1815年生まれということなので、シューマン・ショパン・メンデルスゾーン・リストらよりわずかに年下ということになる。もともと法律家になるライフコースを歩んでいたが、体を壊したことと家族を相次いで亡くしたことなどからその道を断念して新聞社に勤めるようになり、しかし幼少の頃から音楽が好きで、30歳を過ぎてから音楽の道を選び直し、35歳の年にライプツッヒで学び、ノルウェーに戻って主に音楽教師として活躍したとのこと。作曲家として残した作品は、歌曲・合唱曲がノルウェーでは知られているそうで、ピアノ曲も数十曲ある。作風は初期ドイツロマン派の影響を強く受けているが、いっぽうでノルウェーの民謡・民俗音楽に対する関心が強く、作品に民俗的な要素が多く取り入れられている…というふうなことがCDのブックレットやウィキペディアなどに書いてある。もう少し詳しい伝記がノルウェーの事典サイトにある。(Halfdan Kjerulf - Norsk biografisk leksikon http://nbl.snl.no/Halfdan_Kjerulf ) シェルルフが残したピアノ曲はほとんどが3分台に満たない小曲で(シェルルフには自身の手になるオーケストラ作品はないようで、ピアノ作品にもソナタなど大規模なものは見当たらない)、全般的にはメンデルスゾーンの無言歌に似ている印象を受ける。ただ、上に書いた「牧歌」などいろいろな曲でノルウェーの民俗音楽、特に舞曲を思わせるフレーズが聞こえる。そしてそれが唐突でなく、ごく自然に聞こえる。シェルルフがどのような理由でノルウェー伝承音楽に関心を持っていたのかは資料を読んでもよくわからないのだが(もしシェルルフを「国民楽派」と位置付けるなら、活動時期の上ではグリンカやダルゴムイシスキーらに続くかなり初期の国民楽派ということになる)、作品に気負いがなく、ドイツ的な音楽の伝統とノルウェーの民俗的伝統とがすんなりと1つになっている印象を受ける。サロン的と言えば言えそうな作風だが、その面から見てもとても「きれいな」音楽になっていて、無理をして音楽を身に付けたようなところがまったく感じられない。 メンデルスゾーンの無言歌と違うのは、ほとんどの曲にいちおうのタイトルがあり、またノルウェーの舞曲をはじめとした国内外の舞曲のリズムを活かした曲が多いところ。そのあたり、後で書くけれどグリーグのピアノ作品との共通性がある。またこれはシェルルフの音楽の特徴のように感じるのだけれど、形式感というか構築感がやや薄く(形式上は三部形式の曲が多いが)はっきりとした起承転結がなさげな曲や、特に終結がぼんやりと終わってゆく曲が多い印象がある。フォルテで始まるのにピアニシモで終わる曲、フォルテでトニカの和音を鳴らした後に弱音をちょっと鳴らして終わる曲、新規な楽想を導入して終わってゆく曲…。メンデルスゾーンの無言歌やグリーグの抒情小曲集は形式がはっきりしていて1曲としての完結性が高く、またしっかりと終結する印象があるのだが、シェルルフのピアノ曲はふんわりと流れていってふんわりと終わり、えっここで終わるの?と思わせる、まだ続きがありそうな聴後感がある。これは演奏時間数分ほどのピアノ小品としては弱味のようでもあるけれど、私はシェルルフがそうした音楽を目指していたような気もしている。 また興味深いのは、シェルルフが晩年にノルウェーの民俗舞曲と民謡のピアノ編曲作品を手掛けていて、それが後のグリーグの作品を強く連想させるところである。 グリーグは1869年から1870年にかけ、ノルウェーの音楽家ルードヴィグ・マティアス・リンデマン(リンネマン) Ludvig Mathias Lindeman が収集したノルウェーの民俗音楽をもとにして、ピアノ作品『25のノルウェー舞曲と民謡』op.17をまとめている(1870年出版)が、シェルルフはそれに先立つ1861年に、やはりリンデマンらの収集した民俗曲をもとに、ちょうど同じく25曲からなる『ノルウェー舞曲』を出版している。このシェルルフの『ノルウェー舞曲』を聴くと、グリーグの『ノルウェー舞曲と民謡』よりは編曲が素朴な印象を受けるものの、知らずに聴けばグリーグ作品と区別ができないのではと思われるほど雰囲気が似ていて(もとが民俗舞曲だからということもあるかもしれないが)、一部の曲はグリーグ晩年の作品『スロッテル』op.72のような斬新な響きを持っている。シェルルフはその後1867年に、今度は民謡のピアノ編曲作品を出版している。グリーグがこれらのシェルルフの作品を知っていて、その影響下で『25のノルウェー舞曲と民謡』をまとめたのはまちがいないと思う。 グリーグはシェルルフからの影響についてあまり語っていないようだが(それもそうだろうと思うが)、たとえば『抒情小曲集』も、特に初期のものは、形式も音楽内容もシェルルフのピアノ作品と類似したものがあり、グリーグがシェルルフの作品を意識しながら自分のスタイルを確立していったのではとも考えられそう(グリーグの初期作品に対してはしばしば、シューマンやメンデルスゾーンの影響が言われるのだが、またそう言われるのもグリーグが受けてきた音楽教育や聴いてきたはずの音楽を考えるとうなずけるのだが、印象で言うとグリーグの初期作品はシューマンやメンデルスゾーンよりもシェルルフの作品に似ている)。ちなみに、グリーグの抒情小曲集第6集に、グリーグが若い頃一時期アドバイスを受けたことがあるデンマークの作曲家ニルス・ゲーゼ Nils Gade の名前を冠した「ゲーゼ」という曲があるが、この曲の旋律の冒頭部分はシェルルフのピアノ曲「ノットゥルノ」の旋律冒頭とほとんど同じで、しかもどちらもイ長調である。 そんなこんなで、シェルルフの音楽はグリーグの音楽との関連からも興味を引くものがある。ただ、せっかくの生誕200年ということで、今年はグリーグとはあまり絡めずにシェルルフ自身に関心を向けてみたいと思う。 シェルルフの作品はこれまでいくらかCD化されていて(上に書いたNKFとVNPの他にもノルウェーのレーベルからいくつか出ている)、いまは「音源」としてネットから聴くことができる。いっぽうで楽譜は、出版されている現行譜がほとんど見つからない。私は以前、シェルルフの作品を自分で弾いてみたいと思い、「耳コピー」を試みながら、楽譜をだいぶ手間かけて探して、シェルルフの作品全集が過去に刊行されていたのを知り、出版社に直接発注して入手した(この「自由帳」にそのことを書いたことがある)。この全集は、シェルルフの研究を手掛けているニルス・グリンデ Nils Grinde の編集になるもので、校訂報告が載っているなど「原典版」的な楽譜になっている(解説はノルウェー語)。 いまでは、昔に出版された著作権フリーな楽譜を載せているIMSLPというサイトでシェルルフの作品のいくらかをダウンロードすることができる。それを読んでみると、全集版といろいろな食い違いが見つかる。IMSLPに載っているシェルルフのピアノ作品の出版譜は最初の刊行時のものとは出版社が異なるようで、原稿がどこから来たものかなどがわからず、信頼性の点でちょっと何とも言えない面がある。ただ、全集版よりもその出版譜のほうが音楽的に詳しかったり妥当に思えたりする箇所がいくらかあり、全集版がページをかなり節約している様子もあることから、全集版だけに頼ってだいじょうぶなのかな…という感覚も残る。そのあたりを丁寧に考え扱いながら、楽譜を読んでいく必要がありそうではある。 このところ心身いたんでいて、静かな音楽を聴くようになっている。いろいろとCDを聴いているうちに、シェルルフが聴きたくなって、シェルルフの作品の中でもとりわけ穏やかな「スケッチ Skizze 2」を聴いた。この曲は全集版では1ページだけのゆっくりした曲で、変ロ長調のシンプルなメロディーがシェルルフならではの分散和音に支えられ、色合いある陰を伴って移ろっていく。大きな盛り上がりも大きな沈み込みもはっきりした終結感もなく、そっと始まってそおっと終わってゆく。いい意味でとてもシェルルフらしい作品だと思う。あらためて聴いて、ここから遠いどこへも運ばれることなく、ここにいて気持ちが静かにあらたまる感じがした。 せっかく生誕200年を知ったので、今年はシェルルフの作品に触れる時間を持ちたいと思う。そのうちピアノリレーマラソンの募集も始まるし、シェルルフの曲を弾こうと考えたことも何度もあったので今年は弾いてみようかとも思う。ステージで弾くにはどの曲もぼんやりと終わってしまいそうなのが難しいけれど(また今年は現代曲を乗せたいとも思ってきた…)、そこも含めて少し考えてみたい。 (なお、シェルルフの日本語表記は「シャルルフ」「シャルウルフ」「チェルルフ」などいくつかあるようで、私も発音を知らない。家系がデンマークの出身でもともとはKierulfと綴り、一家がノルウェーに移住してKjerulfの綴りに変えたという話が伝わっている。自分が勉強したように発音するなら上に挙げたいろいろな呼び方の中間になりそうな気がする…、と書いたところで、いろいろな言語の発音をネイティブのボランティアが録音して聞かせてくれるサイトがあるのを思い出した。http://ja.forvo.com/ ここで"kierulf"で調べると、やはり中間の感じ。先入観なしで書くと「チェールルフ」という感じ。ただ、kje(r)の発音は地域差・個人差があるのではと思う。halfdanのほうは「ハルフダン」に聞こえる) *** |
2015年2月28日 | バッハのシンフォニア第14番 |
このところ、J.S.バッハのシンフォニア第14番変ロ長調BWV800を繰り返し聴いている。1週間ほど前に急に気になり始め、あらためて聴いてすっかり好きになった。楽譜も繰り返し読んでそのつど何か書き込むので、譜面がだんだん黒くなってきた。 インヴェンションとシンフォニア(表記の仕方がいろいろあるようだけれどこれにしておく)は聴く分は何度も聴いている。自分がピアノのレッスンを受けていた頃はまだバッハを与えてもらえず、結局バッハを弾く前にレッスンを止めてしまった。その後ひとりで弾くようになってからしばらくバッハには関心がなかったのだが、大人になった頃からバッハが気になるようになり、インヴェンションとシンフォニアの楽譜や録音を買って聴き弾きするようになった。とはいっても弾く分は思い出したように練習するので進みは遅く、まだシンフォニアの途中でゆっくりやっている(最初から1つずつ納得できるところまで練習している)。そして弾き始める段にならないと、聴くほうもそう積極的には聴かないもので(弾き出さないうちからあまり影響を受けたくないという気持ちもあり)、シンフォニアの後半はそう熱心に聴いてはいなかった。 いくつか録音を持っていて、それぞれの解釈のよさがあるとは思うが、グスタフ・レオンハルトの演奏(チェンバロ)がいま最も気にいっている。テンポがゆっくりで(演奏時間が2分20秒前後)、少しルバートが掛かっていて、人がゆっくり、ぽつぽつと歩いている感じがする。 曲集の、最後から1曲前の曲というものに何か特別なものがあるように感じることがある。私が好きなグリーグ「19のノルウェー民謡op.66」の第18曲も特別な意味合いがある曲のように思う。シンフォニア第14番は、それまでのインヴェンションとシンフォニアのたどってきた足跡を一歩一歩たどり直しながら、人生の足跡をたどり直しながら、そのむかしを愛おしんでいるような風情がある(テンポの速い演奏だとまた別の印象になるが)。その歩みには天からの光が柔らかく差している。そして、その回顧の歩みは決して「最後」なのではない。 この曲集をおそらくバッハは、こどもたち、年若い人たちのために編んだということをあらためて考えると、このシンフォニア第14番の、構築の見事さもさることながら、曲想の穏やかさや温かさや豊かさが、バッハの思いを表しているようにも思える。バッハはこの曲で美しいものを実現するために一切の手抜き手加減をしなかった。他のインヴェンション・シンフォニアには軽い筆致や簡明な表現も多く見えるが(いずれにしても手抜きではない)、ここでは音楽のかたちは複雑で、あまり取り付きやすいものではない。バッハは自分の持てる力のかぎりを尽くしてこの小さな音楽を編み上げ、若い人たちに与えたのだと思う。こどもたちには指が届かないのではないかと思われる音型や、複雑な運指を考案することを要求する箇所がいくつもある(当時は鍵盤の幅が狭かったという話を聞くのだけれど、またアーティキュレーションで解決するところかもしれないけれど、それにしても)。ただ、それらを通して奏でられる曲想に、力みや険しさとはちがう、滋味が溢れている。鍵盤に指を降ろしてみると、その一見演奏困難な音型が、まるで指が何かを慈しむように丁寧に配置配合されているのを感じ取ることができる。 バッハは若い人たちに音楽の遠さ遥かさを示し与えているのだが、気付かれないように彼らの手をとって、彼らの背中を支えて、一緒に歩いている。その目はやはり音楽の遠くを見つめている。 ピアノを弾く人にはおなじみの曲のはずで、一般に言われていることや専門的な見地から書かれていることに自分が何も付け加えることはないのだけれど、有名な曲だろうと知られざる曲だろうと、自分のところにまで届いてきた音楽はひとしく自分の人生で受け止め味わいたいと思う。 シンフォニア第14番、本格的に取り組むのはもう少し先になりそうだが、ゆくゆく自分の手で、その歩いてゆく道をゆっくりたどってみたい。 *** |
2015年2月27日 | 故郷 〜「ピアノの祭」を終えて |
時間が開いてしまいましたが、2月8日(日)にとなり町の「ピアノの祭」に参加してきました。昨年から参加している一般参加ピアノ演奏会で、今年は唱歌の「故郷」を自分で編曲したものを演奏しました。 聴くほうは午後の部を、途中一時退出しましたが独奏の方はおおむね拝聴させていただきました。他のピアノイベントでもお目にかかる方々の思いのこもった演奏や、若い方々の丁寧な演奏、御年配の方々の一心の演奏を聴きながら、音楽の幅広さ奥深さをあらためて感じました。 *** 「故郷」を選んだ経緯を以前に書きましたが、私自身は「故郷」の歌をこの数年まったく歌っていませんでした。東北の震災以降、この歌を耳にすることが多くなったような気がするのですが、その震災と原発事故の後で多くの方々が御自分の故郷を離れざるを得なかった、いまこの歌を聴き歌うときにそのことを考えないわけにはいかないように自分では思っています。地震は誰のせいで起きたのでもないことですが、原発事故は、電力生産を原子力に重点化するという国策を素通りさせた国民自身に、たとえわずかであっても責任の一端があると考えざるを得ません。そして、そのようにして故郷を失った方々は、福島だけではなく、むかしから各地におられます。 今回のイベントの会場となっている自治体では、いま県によってダムの建設工事が進められています。そのダムは治水・利水等の複合目的を有するもので、そのダムができることの「恩恵」なるものを私が住んでいる自治体の住民も受け取ることになります。私は山に登ることがあるのですが、以前は山登りの途中でそのダムの水没地域に当たる集落を通ることがよくありました。お店や学校でお世話になったこともあり、とてもよくしていただきました。通り道の木々や小川の景色はいまでも思い出します。当時はその一帯がダムに沈むなど考えてもみませんでした。しばらく山登りから遠ざかっていた間に、集落は無くなってしまっていました。このことに、県民であり有権者でありダムから「恩恵」を受けることになるらしい私は、無関係ではなく、むしろ「責任」があるのだと、思いたくなくても考えざるを得ません。 私は、ほぼ生まれたところに住んでいます。そうなった事情がさまざまあるのですが、故郷を離れて故郷を思いながら暮らす方々とはやはり「思い」の違う暮らしを営んでいると思います。故郷を失くされた方々とはなおのことだろうと思います。そして、その方々の故郷が無くなることに対してたとえ一端であろうと責任があると思うのであれば、私がいったい何を思ってなお「故郷」を歌えるだろうかと正直なところ思います。 それなのに「故郷」を選んだのは、「故郷」を弾いてほしいと私に頼んだ後、事情で故郷を遠く離れて亡くなった私の親戚の方にまだお応えしていないからでした。「故郷」がお好きでいらっしゃるのに御自身の故郷を離れることになったその方のために、その方がむかし喜んでくださった、ステージの場を使わせていただきたいと思いました。 「故郷」の歌が、故郷が「無くなる」ということをも見通している歌なのか、私にはよくわかりません。むしろ歌の中では故郷は永久に変わらないものとして思われているように思えます。それが現世において変わらずであるのか、それとも故郷も「亡くなる」のだけれども、いずれ人が赴くその先で、故郷が変わらずに迎えていてくれるのか、それもよくわかりません。わかりませんが、何もかも顧みずに言うなら、どこかで迎えてくれてほしいと、思います。 昨年の暮れ、私が幼少の頃に遊んでいた公園が廃止されることが明らかになり、今年になって公園の撤去工事が行われました。複合的な事情があるようなのですが、第一の理由は隣接する道路の工事のためです。 私はここ十年ほど、毎年早春にその公園に通い詰めていました。みごとな桜の木々があるのです。そのうちの1本のソメイヨシノは毎年なぜか開花が早く、全国最初のソメイヨシノ開花発表に先がけて咲くので、地元の方々もよくご存じでご覧になっていました。私はひとりで「日本一早く咲くソメイヨシノ」ではないかと言い触れて回っていました。今年も冬芽をたくさんつけて春の準備をしていました。その桜が伐られ、ケヤキやアオギリやメタセコイヤが伐られ、子どもの頃に遊んだくじら山などの遊具が取り壊され、次第に更地になっていくのを毎日通って見届けました。 私は、そんな目には遭いたくなかったですが、ほんとうに大切なものを失った思いです。私はいまもほぼ生まれたところに住んではいますが、友人はほとんどがこの地を離れ、子どもの頃に親しんだ方々はいなくなり、お店は無くなり、私がいつかこの土地を離れても、いまのこの土地の何を懐かしく愛おしく思うかまったくわかりません。公園を失って、私は初めて、あの公園を、あの桜を、思い出したに違いないと思うようになりました。 暮らしそのものがあった「ふるさと」を失うことと、ひとつの公園を失うことと、それは大きく大きく隔たっているかもしれません。その隔たりを超えてまで何かを言いたいとも思っていません。たわごとと思っていただいてもかまいません。2月8日はそうした、私には何の整理もできないたくさんのことに支えられて、「故郷」を弾かせていただきました。 この先、「故郷」を弾くか、歌うか、いまは自分では何も決めていません。何かの機会や御縁で弾き歌うことがあるかもしれないとも思いますし(そうしたお話をいただいています)、むしろ弾き歌い続けなければならないのではという気もいくらかしています。歌わなくなることで無くされ忘れられてゆくことがあるのであれば、無くされないために。無くさないために。せめて、忘れないために。 福岡にもうすぐ桜の季節がやってきます。 *** |
2015年2月4日 | 立春〜アルド・チッコリーニに寄せて |
グリーグの抒情小曲集の録音は数多くあり、むかしは多少買い続けていたのでそれなりの数を所持しているけれど、味読というか繰り返し繰り返し聴くものはそうは多くない。演奏が上手いというだけのものや、解釈が斬新というだけのものはすぐに聴かなくなる。なにかが深みに届いているもの、聴くたびになにかが新しくなるもの、なにか古くからのものにそっと触れているもの…、そんななにかをいつも感じさせてくれるものを結局は聴いている。 何度か書いてきたように、この数年はアルド・チッコリーニの演奏を聴くことが多かった。たぶん全曲録音としてはいちばん回数多く聴いている。けっこうたびたび来日しておられる様子だったので、昨年はぜひ聴きに行きたいと思っていたが、事情で断念した。今年こそはなんとしても…と思っていたところだった。 もっとたくさんのことを書きたいけれど、いまようやくその抒情小曲集の録音を振り返って落ち着いて聴くことができるようになったばかりで、これ以上のことがまだ書けそうにない。 チッコリーニさんの御冥福を心からお祈りします。 *** |
2015年1月15日 | 迎 春 |
本年の御多幸を心からお祈り申し上げます 今年はどのくらい頻繁に書けるかわかりませんが、よろしくお願い申し上げます。 昨年twitsoundにアップロードした自作曲「そら」がそろそろ掲載期限が過ぎますが、かわりに、以前からときどきこの自由帳で名前だけ書いていた「桜(2011年の春)」をアップロードしましたのでリンクを張っておきます。パソコンからも聴けます。 桜(2011年の春) この曲も「そら」と同じ昨年10月にホールで録音してみたのですが、ホールの響きを考えに入れてなくて音がとても濁ってしまい、別の機会に別の場所で(公共施設のエントランスロビー)弾いたときの録音をここでは載せました。この曲は自分には難しく作り過ぎてなかなかよく弾けず、このときも同様でこの録音も蔵出しするつもりは全然なかったのですが、このごろの身辺状況を考えて、いま公開しておかないとこの曲をもう公開することがなくなるかもしれないと思い、出来を顧みずにアップロードしました。録音自体がよくなく、またまわりの方の声などもかすかに入っています。もしお聴きくださるときはその点をご了解ください。 タイトルにありますように、2011年の春にいろいろな機会に見た各所の桜を想いながら作りました。テレビで見た遠くの桜も、身近に見て触れた桜もあります。そのうちのいくらかの桜はいまはもうなく、また後継樹が育ちつつある桜もあります。あの春に見たすべての桜のしあわせを祈りながら、掲載させていただきます。 「ピアノの祭」は2月8日(日)です。その前に一度何か書けたらと思っていますが、もし書けなかったときはすみません。 *** |