(1) オカリナ個体/銘柄ごとの音色の特色オカリナは音色が話題になることが多い。メーカーや銘柄によって音色が違い、また同じ銘柄でもそれぞれの個体で微妙に音色が違うこともある。曲調に合わせて複数の銘柄を使い分ける方もおられる様子である。 私は最近耳の調子をおかしくしてしまい、自分が持っているオカリナのうちかなりのものが耳にこたえるようになった。もともと大音量のオカリナが苦手だったことは別のノートに書いたが、それに加えて音が「固い」感じのオカリナが吹けなくなった。耳に響いて痛みを感じるのである。 そんなこともあって、ちょっとオカリナの音色を調べてみたくなり、手持ちのソフトで「ソノグラム」を作成してみることにした。ソノグラムは鳴っている音を測定してグラフィカルに表現したもので、音の周波数を縦軸に、時間を横軸にとってあり、その時にどのような周波数の音が鳴っているかを「見る」ことができる。 楽器で楽音(たとえば442Hzの「ラ」)を鳴らすと、その周波数の音(基音)だけではなく、たいていその周波数の2倍・3倍…など自然数倍の周波数の音が同時に鳴っている。倍音と呼ばれるもので、この倍音の種類と比率によって音が聞こえるときの「音色」がおおまかに決まってくる。楽器の音色の違いはこの倍音の構成で捉えることが(ある程度)できるとされる。…というあたりのことがいろいろな本に書いてある。ソノグラムをとると倍音が「見える」ので、オカリナの音色の違いもソノグラムで(ある程度)「見える」だろうと思ったわけである。 いま私はいわゆるソプラノFのオカリナを3本持っているが、そのうちふつうに吹いて大丈夫なのは1本だけで、別のノートにも書いた博多人形用土のオカリナである。以下、製作者の方のイニシャルをとってOオカリナと呼ぶことにしたい。残る2本のうち、Aという銘柄の1本は音が大きすぎて以前からちょっと苦手で、Tという銘柄の1本は今回新たに吹けなくなった。 Tオカリナは別のノートに書いた地場産オカリナで、これのアルトC(別ノートに書いたもの)はなんとか吹けなくはないが、アルトC・ソプラノFのどちらも音が「固く」、耳に障る。Aオカリナはたいへん有名なブランドで、鳴らすのに息の量が必要で音量も大きく、どうもそれが長所らしいのだが(知らずに買った)、自分はそのあたりが苦手だった。ただ、アルトCは音量を抑えて吹き方を工夫すると吹くことができ、いまはそれを常用している。音がかすれぎみになるのだが柔らかく、それが耳に優しいのかもしれない。これのソプラノFは残念ながら息量がかなり必要で、音色というより音量に耳が耐えられない。 そのソプラノF3本でF majorのスケールを吹いて録音し、それぞれソノグラムを作ってみた。見てみるとけっこうそれぞれのオカリナの特色らしきものが明瞭に表れていた。 ※ 録音はマイクからの距離も含め各オカリナ同条件で行った。ソノグラムの設定項目がいろいろあったけれど(まだよく知らない)、各オカリナ同設定で解析した。オカリナどうしを厳密に比較するためには後で述べるように基音の音圧を何かの方法で標準化して(オカリナ間で音圧がそろうように各録音の増幅度を変えるなどして)から比較する必要があると考えられるが、使用ソフトの標準化オプションのロジックがよくわからなかったので今回は標準化していない。なので「○オカリナは●オカリナよりも何次倍音が出ている」という読み方は直接にはできない。オカリナごとの各倍音の出方は標準化しなくても単一のソノグラムの中でわかるので、それを読み取った上で間接的に各オカリナの違いを捉えたいと思う。 図1-1 Oオカリナのソノグラムと録音 図1-2 Aオカリナのソノグラムと録音 図1-3 Tオカリナのソノグラムと録音 [図はこちら。別ウィンドウで開きます] 上から、Oオカリナ、Aオカリナ、Tオカリナの順に並べた。音もmp3で載せてある(F majorといいつつ絶対音高がそろっていないが、オカリナ個々の違いと奏者の力量によるもので、御容赦ください)。グラフ内の、濃い色がついている部分が音を表していて、色が赤いところは音が弱く、色が青くなるほど音が強いことを表している。音の強さが中程度のときは(赤と青が混ざって)茶色っぽく見えている。グラフの下のほうの青い山なりの曲線が基音で、その上に並んでいる赤めの曲線(とびとびになっている)が倍音である。基音の曲線が山なりになっているのはスケールを吹いたためで、低い「ファ」から最高音の「シ♭」まで上がり、そこから最低音の「レ」まで下がって、再度低い「ファ」まで上がって終わっている。 Oオカリナのソノグラムを見ると、基音の曲線より上に、倍音の曲線が2本はっきりと見える。これらの曲線は基音に対する第2倍音と第3倍音(基音の周波数をそれぞれ2倍・3倍した周波数の音)で、第2倍音は基本音から1オクターブ上の音、第3倍音は基音から1オクターブプラス5度上の音である。見たところでは第2倍音と第3倍音の強さはあまり違わない。この2つの倍音が倍音群のなかで特に強めに出ているということがここからわかる。 いっぽう、Aオカリナのソノグラムを見ると、より高次の倍音も見えている。Aオカリナは音量がOオカリナよりかなり大きいので、倍音も強くてくっきり見えているのではないかと思う。Aオカリナの倍音群を見てみると、Oオカリナのように第2・第3倍音が特に強いというよりも、第2倍音からより高次の倍音になるにしたがって少しずつ弱くなっているという様子が見て取れる。 そして、Tオカリナのソノグラムでは、かなり高い次数の倍音がはっきり現れている。第2倍音よりは第3倍音のほうがやや強いように見える。上に述べたように各オカリナの基音の音圧をそろえていないのでオカリナどうしの厳密な比較は今回できないが、TオカリナはAオカリナよりは音量がやや小さく(ソノグラム下段の波形振幅が細いところでも見て取れる)、そのことを考慮すると、Tオカリナでは少なくともAオカリナに比べれば高次倍音が強めに鳴っていると捉えることができそうだ。手持ちのプラスチックリコーダーでソノグラムをとると高次倍音が強く出ているのだが、Tオカリナはややリコーダー的な音が(リコーダーそのものとは大きく異なる音だけれど)するように思う。自分の耳にちょっと障るのはたぶんそうした高次倍音の成分あたりではないかという気がする。 たぶん、パソコンやスマートフォンで音楽編集ができるソフトウェア・アプリケーションには、このようなソノグラムなどの解析機能がふつうについていると思う。手軽に楽器の「音色」を見ることができるので(結果を解釈するのはいろいろ勉強や経験が必要そうだと今回実感したが)、疑問を持ちながら解析をかけるとなかなか楽しめるのではないかと思っている。 ※ なお、各ソノグラムの上のほうに、基音の上下とちょうど逆に動いている曲線が見えるが、これはたぶん現実に鳴っている音ではなく、解析の過程で生じたゴーストだろうと思う。 |
(2) 吹き方による音色の違いところで、オカリナは種類(銘柄)によっては、息の吹き入れ方で音色が変わるとされているものがある。 私はこどもの頃からオカリナを吹いていたが、大人になってから買ったリコーダーの教則本に、リコーダー演奏の呼吸法として、横隔膜から押し上げる息が「抵抗なく」のど・口を通ってリコーダーに流れ込むように、ということが繰り返し書いてあった。その本によるとリコーダーの音色は基本的に吹き方によっては変わらないが、ただ歯と舌が口から出る息を妨害すると音に影響があるということであった。息がエッジに当たる前に息の流れが「乱流」になってしまっていて、かすれた雑音が混じるのだと言う。そういう吹き方はよくない吹き方だということであった。 私が吹くオカリナの音はどうもかすれている感じがずっとあったので、これを読んで気になって、息が口のあたりで歯や舌で妨げられないように気を付けて、これまで吹いてきたオカリナ(ちなみに上で言うA銘柄のオカリナ)を吹いていたら、急に音がクリアな感じになった。その変化がけっこう大きく、びっくりした。 オカリナの説明書にしばしば「吹き口を口でくわえないように」と書いてあるので、口でくわえないように気を付けて口を当てていたのだが、自分の場合は逆に歯が閉じ加減になって口が十分開いていなかったようだ。おそらく自分は、あのリコーダー教則本で言うところのよくない吹き方で、長年オカリナを吹いてきたのだろう…と思った。 逆にそのことに気付いてから、たとえば口の中を狭くして舌を上げるなどして、かすれぎみの音を意図的に鳴らすことも「できる」ようになった。つまり、吹き方を使い分けて音色をある程度鳴らし分けることができるようになった。おおまかに表現すると、たとえばろうそくの火を吹き消すように「ふーっ」と「風」を吹き込む感じで吹くなら、鳴る音はどちらかというと「ぼーっ」とした音色になる。そうでなく、腹からの息がすんなりとオカリナに入っていくように、(風ではなく)「空気」をオカリナに入れていくつもりで吹けば、慣れがいるけれども、きれいなつややかさのある音が鳴る。そうしてみると、リコーダー教本に書いてあったようにリコーダーの音色は吹き方によって「変わらない」のだとしても、少なくともオカリナの場合、「風」を吹き込む吹き方まで考えに入れれば、吹き方で音色が「変わる」ということにはなるのではないかと思った。それが(どちらが)「正しい」吹き方かは考え方がいろいろありそうに思うけれども。 自分の場合、その後、耳の都合で吹けないオカリナが出てきた。しかし、(1)で書いたように吹き方を工夫すると吹くことができる場合があって、その「工夫」が、上に書いた「風を吹き込む」吹き方である。この吹き方でぼーっとした音を鳴らすと、耳に障らないで済む。これは自分にとっては大きい。これが「正しい」吹き方であるかどうか以前に、そもそも吹くことができるかどうかの問題を解決してくれる。いまのところ自分は、吹き方を現実問題として使い分けてオカリナを吹いている。 このような吹き方の違いで音色が変わる程度は、オカリナの銘柄によって大きく違うように感じる。たとえば上のOオカリナはあまり極端に変化する感じがない。というかOオカリナは「風を吹き込む」と音が鳴らなくなる傾向があり、鳴らす際に自分は自然と「空気を入れる」吹き方をしているようである。 いくつか持っている銘柄のなかでも、Tオカリナはてきめんに音色が変化する(ように感じられる)。「風を吹き込む」吹き方のときにはそれこそ素焼き陶器の表面のようにさらさら(ざらざら)したくすんだ音質で、「空気を入れる」吹き方にすると、くすみのない、つややかな音色になる。ただ、上に書いたように自分の場合は後者の「つややか」な音を鳴らしていると耳が痛くなり、長くは耐えられない。現在はTオカリナを吹くときには「風を吹き込む」吹き方をメインにしている。 この「風を吹き込む」吹き方と「空気を入れる」吹き方とで音色が変わる、というのを、ソノグラムをとって見ることができるだろうか?と思ったので、試してみた。 TオカリナのアルトCで、同じ音高(おおよそC6の「ド」)で「風を吹き込む」吹き方と「空気を入れる」吹き方を交互にしてみたときのソノグラムと録音を下に載せる。順番は左から「風を吹き込む」「空気を入れる」「風を吹き込む」「空気を入れる」「風を吹き込む」の順である。 図2 Tオカリナの吹き方による音色の違い [図はこちら。(1)の図と同じページ。別ウィンドウで開きます] ソノグラムを見ると、「風を吹き込む」「空気を入れる」という吹き方の違いに対応した5つの縦長の帯が横に並んで見える。「風を吹き込む」ときには帯の全体がやや赤っぽくなっている(特に下のほう)。これは吹き込むときの息のかすれ音が広い周波数帯域にわたって鳴っているからだと思う。それを置いておいて倍音の出方を見ると、「風を吹き込む」ときと「空気を入れる」ときとでは、「風を吹き込む」ときのほうが第4倍音(のあたり)がやや強めに出ていて、「空気を入れる」ときには第2倍音と第5倍音が強めに出ているようである。6次の倍音もなんとなく強めに見えていて、「空気を入れる」ときはいろいろな高次倍音が強めに出ていることがうかがわれる。なお「風を吹き込む」ときの第4倍音に関しては、高さがちょっと上にずれているようにも見えるので、倍音ではなく、かすれ音が楽器の共鳴特性に引っ掛かっているなど別の理由で出ている音なのかもしれない。 この違いがどのようなメカニズムで生じるのか、私にはよくわからない。上で述べたような「乱流」の有無・強弱が、高次倍音や特定次数の倍音の発生に影響しているのではないかとも思うが、なぜそうなるのかは自分の知識でははっきりとはわからない。 ただ、オカリナやリコーダーはしばしばエアリード楽器と呼ばれるように、息の流れ自体がクラリネットやサックスのようなリード楽器のリードに相当する役割を担って発音すると言われている(オカリナの発音原理については複数の説があるようで、エアリードの原理はそのひとつ)。乱流があるときにはこのエアリードがあまり「きれい」な形をしていないのでは?という気もする。そのあたりは、気流の流れを見ることができるような方法で確かめることができるかもしれない。 また、「空気を入れる」吹き方のときは、鳴らしている音が口と喉を通して胸まで響く感覚がある。「風を吹き込む」ときには音が自分の体に入ったり響いたりする感覚はごく薄い。そのことからすると、「空気を入れる」吹き方のときには自分の体による共鳴が関係しているのかもしれない。逆に「風を吹き込む」吹き方をすると何かの理由で自分の体に共鳴しづらいのかもしれない。このような体の共鳴による音色の変化は先のリコーダー教本では否定されていたが、なんにしてもきちんとした実験を繰り返してみると意義ある知見が得られるのではと思う。 そのほか、今回の「風を吹き込む」「空気を入れる」それぞれの吹き方では、細かいことは省略するがオカリナの構え方(口を当てる角度など)が違う。そうしたことが関係しているかもしれない。 もっとも、ここで書いているような音色の違いが、少し離れたところで聴いている人にどの程度わかるのか、あるいはホールで演奏したり野外で演奏したりする場合にどうなのか、というのはまだわからない。 上の録音を聞いていただくと、音色の違いはここに言うほどははっきりしないのではと思う。吹いている当人には息のかすれ音がよく聞こえて音色全体がくすんで聞こえるけれども、少し離れて聴くと、かすれ成分までは耳に届かず、楽音(基音とその倍音)だけが聞こえるのではないか…とも想像している。もっとも、この音色の違いはもっと練習・経験・工夫を重ねればさらに強めることができそうでもある(たとえば「空気を入れる」吹き方でビブラートをかけると音色のつややかさがより強調されるように私は感じる)。 またオカリナは吹く場所の構造によって鳴りが変わるので(このことについてはいつか別に書いてみたい)、さまざまな場での実演時にこの音色の違いが聴衆の方々に伝わるのかどうかは、だいぶ実演経験を重ねてみないとわからなさそうでもある。 |
※ オカリナ・ノート「西浦の子守唄」に、Tオカリナの「空気を入れる」「風を吹き込む」2つの吹き方で吹いたものを載せておきます。「空気を入れる」ほうはあまり特色が出せていません。 |
おことわり:(1)(2)とも個人的な感想・解釈を中心に書いています。内容を参考にされる場合は、特に解釈に関しては、これらが真であるとはかぎらないことにくれぐれもご注意ください。 |
文献: 1. A. ロウランド・ジォーンズ(著) 西岡信雄(訳) リコーダーのテクニック 音楽之友社 1967年 |